11-05-12

芸術係数読書会:ニコラ・ブリオー「オルターモダン」を読む 第3回

Nicolas Bourriaudの「Altermodern」の読書会のお知らせです。

「Altermodern」はテート・トリエンナーレ2009として開催された展覧会のタイトルであり、同展カタログに巻頭論文として掲載された論考の題名でもあり、またブリオーが提起する2010年代以降の来るべき時代状況の名前でもあります。

ブリオーは「関係性の美学」で後期ポストモダンの時代における芸術表現について論じましたが、2009年の「Altermodern」展の開催時点にはすでにポストモダンも終わり、私たちの生きる世界は新しい時代状況を反映したものになりつつあると考えています。

ブリオーはそれを「Altermodern=別の近代」と呼びます。彼にとって来るべき時代は、近代に生み出された様々な概念装置が新しい形で実装/実践されていく時代なのでしょう。しかしそれは、近代―ポスト近代の流れのように直線的に進行する時間軸での出来事ではなく、まるで別の時間軸で生起するもう一つの世界であるかのようです。

読書会ではテクストの改題とともに、展覧会に出品されたワリード・ベシュティ、マイク・ネルソン、リンゼイ・シアーズ、サイモン・スターリング、パスカル・マルティン・タイユー、タシタ・ディーン、スボード・グプタらの作品をスライドで紹介しつつ、具体的に検討していきたいと思います。こちらで翻訳したテキストを使って進行いたしますので、英語力はそれほど必要ではありません。

今回は最終回ととなります。テキストを読み進めるとともに参加作家の作品をレビューしつつ、「オルターモダン」という概念の展望について考察してみたいと思います。

第3回目となりますが、前回までの概要を会の冒頭に説明いたしますので、今回初めてご参加いただく方もお気軽にお申し込みください。

お申し込みはこちらから。

事前に下記リンク先について目を通しておいていただければ参考になるかと思います。

芸術係数:「オルターモダン」

〔前回までの訳を公開します:PDF形式

===
日時:2012年11月17日(土)18:00-21:30
場所:千早地域文化創造館
参加費:学生 500円/一般 1,000円
郵便番号: 171-0044
住  所: 東京都豊島区千早2-35-12
電話番号: 03-3974-1335
アクセス:
地下鉄有楽町線・副都心線 千川駅下車 3番出口 徒歩約7分
国際興業バス「要町3丁目」バス停下車 徒歩約7分


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09-27-12

芸術係数読書会:ニコラ・ブリオー「オルターモダン」を読む 第2回

Nicolas Bourriaudの「Altermodern」の読書会のお知らせです。

「Altermodern」はテート・トリエンナーレ2009として開催された展覧会のタイトルであり、同展カタログに巻頭論文として掲載された論考の題名でもあり、またブリオーが提起する2010年代以降の来るべき時代状況の名前でもあります。

ブリオーは「関係性の美学」で後期ポストモダンの時代における芸術表現について論じましたが、2009年の「Altermodern」展の開催時点にはすでにポストモダンも終わり、私たちの生きる世界は新しい時代状況を反映したものになりつつあると考えています。

ブリオーはそれを「Altermodern=別の近代」と呼びます。彼にとって来るべき時代は、近代に生み出された様々な概念装置が新しい形で実装/実践されていく時代なのでしょう。しかしそれは、近代―ポスト近代の流れのように直線的に進行する時間軸での出来事ではなく、まるで別の時間軸で生起するもう一つの世界であるかのようです。

読書会ではテクストの改題とともに、展覧会に出品されたワリード・ベシュティ、マイク・ネルソン、リンゼイ・シアーズ、サイモン・スターリング、パスカル・マルティン・タイユー、タシタ・ディーン、スボード・グプタらの作品をスライドで紹介しつつ、具体的に検討していきたいと思います。こちらで翻訳したテキストを使って進行いたしますので、英語力はそれほど必要ではありません。

前回は導入部から数人の作家の実例を紹介しました。その傾向をいくつか羅列すると「オルターモダン」のアートの特徴は、個人の体験や想像力による歴史記述の書き換え、ヒューマンスケールを超えた移動の形式化、未来の伝統の提示というところでしょうか。今回は、引き続き参加アーティストの作品に加えて、ブリオーによるモダン、ポストモダン、オルターモダンの歴史記述などについて検討します。

お申し込みはこちらから。

今回は特に参考図書はありませんが、下記リンク先について目を通しておいていただければ参考になるかと思います。

芸術係数:「オルターモダン」

===
日時:2012年10月20日(土)18:00-21:30
場所:千早地域文化創造館
参加費:学生 500円/一般 1,000円
郵便番号: 171-0044
住  所: 東京都豊島区千早2-35-12
電話番号: 03-3974-1335
アクセス:
地下鉄有楽町線・副都心線 千川駅下車 3番出口 徒歩約7分
国際興業バス「要町3丁目」バス停下車 徒歩約7分


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09-22-12

ケイティ・パターソン「地球―月―地球(月面に反射した「月光」ソナタ)」

“Artist Katie Paterson on Moon Transmission”に日本語字幕を付けました。
翻訳は辻憲行 (twitterID=nori_1999)
芸術係数(http://gjks.org)
元の動画はこちら

ケイティ・パターソンは「オルターモダン」展参加アーティストの1人。このプロジェクトはベートーヴェンのソナタ「月光」のMIDIデータを電波に乗せて月面に飛ばし、反射されたデータをもう一度地球で受信した上で、戻ってきたMIDIデータをプレイヤー・ピアノに演奏させるというもの。地球からの電波を月面に反射させて再受信する技術はEMEラジオと呼ばれ、現在ではアマチュア無線でも利用されている技術。パターソンは同じコンセプトでジョン・ケージの「4分33秒」も取り上げている。

プレイヤーピアノの演奏

〔字幕〕
私がこの作品の制作を始めたのは、アイスランド滞在中にネットで月の
イメージを適当に眺めていた時、偶然地球ー月ー地球(EME)ラジオの
ことを目にしたのがきっかけでした。

それは地球から電波を飛ばし月に反射
させて再び地球で受信するというもので、
最初はそれが本当に可能なのか、作り話
なのか分かりませんでした。

調べてみると、それは実際に行われて
いることだと分かったのです。

ベートーヴェンのソナタ曲「月光」を
送信しようと決めたのは…
EMEラジオについて知る以前から、
テクノロジーに関心はあったのですが、
何か感情的に楽しめる作品を、信号に
分解して、電波に乗せることができるとは思って
いませんでした。

でも音楽を送信するのは面白そうだと思いついたんです。

そうれば元の曲とのズレを聴いて確認できる。
月から戻ってこなかった部分を耳で確かめることができると思ったのです。

そしてウィキペディアによると、
最も有名な月についての曲が「月光」でした。

私はまず「月光」のMIDIファイルを聴いたのですが、
それはこどもの演奏のような、デン、デン、デンという感じでした。

それを聴いたとき、これはうまく行くだろうと直観しました。
月へ送られた電波が戻ってくる間に何かが失われる…
MIDI音源では元々表現的な要素が失われているので、
偉大な作品がもっている威厳もやや削がれるでしょう。

戻ってきたデータは、別のテクノロジー、別の翻訳を経て再演されるべきだと思い、
プレイヤー・ピアノを使って亡霊の演奏のように見せるのが良いと思いました。

その演奏はそれでも、とてももの悲しくて、
ほんの少しズレを感じますが、元の「月光」とほとんど同じに聴こえます。

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05-01-12

ハンス・ウルリッヒ・オブリスト インタビュー part 2

“tank.tv Interviews Hans Ulrich Obrist (Part 2)″に日本語字幕を付けました。
翻訳は辻憲行 (twitterID=nori_1999)
芸術係数(http://gjks.org)
元の動画はこちら

「ハンス・ウルリッヒ・オブリスト インタビュー part 1」はこちら

動画中で言及されている「プロジェクト」は、インタビュー動画を制作したtank.tvのために編集されたDVD「フレッシュ・ムーブス:イギリスの新しい映像表現」のこと。
また、字幕ではMondialitéを「世界性」と訳しています。

[字幕]
質問:作品を見せる際の様々な文脈について
考えをお聞かせください

オブリスト:作品の見せ方には多くの可能性があります。
この可能性は、言うなれば、展覧会の現場で探求されるのです。
マルチスクリーンの映像インスタレーション作品、
例えば、ダグ・エイケンの作品や
ノー・ゴースト・ジャスト・ア・シェルの見せ方などは、
それぞれの作品に固有の空間的な条件があります。
それはカーペットやスクリーンの配置を含む、
インスタレーションの手法を意味します。

しかし、空間的に厳密に作品を定義
するアーティスが、
より空間的な制約がゆるい作品を
作ることもあるのです。
より偏在的で、さまざまな状況で
見せることのできる作品を。

最初の質問の答は、見せ方の問題
だということ、そして
ある種の作品は、厳格な空間設計
に基づいて見せる必要があり、
アーティストにとってそれが重要で
あるけれど、
しかし同じアーティストでも別の
作品に関しては、
アート・ワールドを超える偏在性を
作品に求めることもある。
美術館やギャラリーだけでなく、
もっと日常的な場所、例えばDVDストアとか、
あるいはより幅広い流通が可能な
状況で見せたいと考える。
だからこの場で、どのアーティスト
はこうで、と言うことはできない。
それは現場での交渉で決まるのです。

多くのアーティストは色々な
可能性を試したいものです。
様々な考えが混ざり合った可能性を。

質問:イメージはどう動くのか?

オブリスト:アーティストが「動き」を形にする
道筋には、高速レーンと低速レーンがあると
考えます。
私たちの世界はグローバル化による
同質化の圧力にさらされていますが、
それはアート界にも影響しています。
私が考えているのは、同質化への
抵抗なのです。
それは単に空間的なものではなく、
時間的なものでもあります。
時間の同質化は非常に大きな問題で、
それに抵抗しなければなりません。
ですから我々はエドゥアール・グリッサンから
大いに学ぶべきです。
彼の「世界性」という概念は、
グローバル化の同質圧力への抵抗で
あるとともに、
潜在的な、グローバルな対話の可能性を
閉ざさないことなのです。
だから彼は「世界性」を、世界的な
対話の可能性として、
差異を維持する力として定義します。
それは差異を生み出すグローバルな
対話を否定しません。
私はこのプロジェクトが、
空間と時間の同質化に抵抗する
ことによって、
グリッサンの「世界性」の実現に
寄与することを願っています。

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02-08-11

英語で読める「オルターモダン(Altermodern)」関連のリンク

ニコラ・ブリオー(Nicolas Bourriaud)企画によるテート・トリエンナーレ2009「オルターモダン」の関連リンクです。

Art in America-Altermodern: A Conversation with Nicolas Bourriaud by Bartholomew Ryan

New age of the ‘ism’ in Altermodern-Ben Lewis, Evening Standard

frieze-Tate Triennial 2009
ブリオーは「オルターモダン(Altermodern)」の開催に合わせて『ラディカント(The Radicant)』を出版していて、このインタビューではラディカントについての会話がある。”radicant”は、辞書的な意味では、”Taking root on, or above, the ground; rooting from the stem, as the trumpet creeper and the ivy.”。ツタやアメリカノウゼンカズラ(Campsis radicans)のように、地上に出ている茎から成長する植物のイメージかな。

冒頭のやり取りの抜粋:
トム・モートン(Tom Morton):あなたの最新の著作では、植物学的な比喩〔radicant〕を使って、木のように不動で秘匿的な起源をもつ文化と、その原因が可動的であからさまな文化と、それぞれの生産の方法について対比的に述べられています。このコンセプトはテート・トリエンナーレ2009にどのような影響を与えているのでしょうか。
ニコラ・ブリオー:隠れているか見えているかにかかわらず、根拠や起源という考えは、コンテンポラリー・アートの障害となります。…アーティストはグローバルな文化を前提に制作を始めます…たとえばパスカル・マルティン・タイユーやナウィン・ラワンチャイクンはカメルーンあるいはチェン・マイから世界を観察すればよいのです。彼らは自分たちの文化的なルーツを売り払うことなく、記号と形式を組織して意味生産の回路を作り出せばよいのだから。彼らは‘ラディカント’な仕方で成長するのです。それに対して‘radical’は‘ルーツに属すること’を意味することを忘れないでください。

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02-01-11

「ニコラ・ブリオー講演@グルベンキアン(CAM/リスボン)-ラディカント」に日本語字幕を付けました。

“Nicolas Bourriaud at Gulbenkian (CAM, LISBON) – The Radicant”に日本語字幕を付けました。内容は2009年のテート・トリエンナーレ「オルターモダン(Altermodern)」に関するものです。こちらとかぶる部分もありますが、この動画のほうは考え考えしゃべっていて、まだ固まっていない感じがしますね。
翻訳は辻憲行 (twitterID=nori_1999)
芸術係数(http://gjks.org)
元の動画はこちらこちら

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01-27-11

ニコラ・ブリオーの「オルターモダン宣言」

「関係性の美学(Relational Aesthetics)」の著者であるニコラ・ブリオー(Nicolas Bourriaud)が2009年に企画したテート・トリエンナーレ「オルターモダン(Altermodern)」。そのマニフェストが出されていたようなので一度駆け足で翻訳してみたのですが、ググってみるとAltermmodern Manifestoには2種類あることがわかりました。

Tate Britainのページ “ALTERMODERN MANIFESTO – POSTMODERNISM IS DEAD
e-fluxのページ “ALTERMODERN MANIFESTO – POSTMODERNISM IS DEAD

見返すと前回の訳があまりにもひどかったので、両方合わせて再度訳しました。

<Tate Britainバージョン>

ニコラ・ブリオー 「オルターモダン宣言-ポストモダニズムは死んだ」

グローバル化の時代に合わせて再構成された新しいモダニティが生まれつつある。その経済的、政治的、文化的特徴のもとに解釈されるのがオルターモダンの文化である。

コミュニケーション、移動、回遊の機会は増大し、私たちの生き方に影響を与える。

私たちの日常生活は、混乱し、熱気にあふれる世界の旅へと変わる。

クレオール化が多文化主義とアイデンティティという観念に取って代わる:今やアーティストはグローバル化した文化を前提にする。

この新たな普遍主義は、常態化する翻訳、字幕、吹き替えによって基礎づけられる。

今日のアートはテキストとイメージ、時間と空間、それらを編み込むつながりを探すのだ。

アーティストは、これまでにないグローバルな知覚に反応する。彼らは記号であふれた文化の風景を横断し、複数の表現やコミュニケーションの間の経路を創造する。

ポストモダニズムは終わりつつあり、私たちはグローバルなオルターモダニティの誕生を目の当たりにしている。テート・ブリテンで開催されるテート・トリエンナーレ2009は、この前提のもとに集合的な議論を展開する。

<e-fluxバージョン>

旅行、文化交流、歴史の検証は単なる流行りの話題ではない。それは私たちの世界観や生き方が根本的に変化していることの徴なのだ。

概して言えば、グローバルな知覚は新しい種類の表象を求める。私たちの日常生活は、かつてないほどの豊饒さを背景に進行し、いまや超国家的存在や、混乱し、熱気にあふれる世界の旅がそのカギを握っているのだ。

ポストモダニズムが終わりを迎えようとしていることは多くの兆しによって明らかである。惑星規模のクレオール化の進行が多文化主義や同一性の言説に取って代わった。モダニストの普遍主義の代用物だった文化相対主義や脱構築は、画一化や大衆文化、極端な保守主義者の反動に対抗するための武器を与えてはくれなかった。

徹底的にグローバル化した私たちが生きる世界で、その経済や政治や文化を踏まえた上で近代性の再構成を行うこと、それがオルターモダニティである。

20世紀のモダニズムが西洋を発祥の地とするなら、オルターモダニティは地球全体に散らばった様々な文化のエージェント間の交渉や議論から生まれるものだ。それは中心を持たず、多言語的だ。オルターモダニティの言語は翻訳の言語である。20世紀のモダニズムと違って植民地主義の抽象言語は使わず、ポストモダニズムのようにアートを起源やアイデンティティの問題に閉じ込めたりしない。

私たちは字幕が偏在し、吹き替えが全面化した世界へ向かっている。今日のアートはテキストとイメージ、時間と空間、それらを編み込むつながりを探すのだ。アーティストは記号であふれた文化の風景を横断し、複数の表現やコミュニケーションの間の経路を創造する。

アーティストは「旅する人」になる。それはオルターモダンの時代の旅人のモデルとなる。記号と形式の間の彼の軌跡は、現代的な運動、旅、横断の体験の証言となる。この進化は制作方法の変化にあらわれる。新しい形式が出現しつつある。空間と時間の両方に引かれた線によって、到達点ではなく軌跡を具現化する、旅という形式。凝固した空間-時間
ではなく、放浪の過程を表現する形式。

だから、オルターモダンのアートはハイパーテキストとして読まれる。アーティストは、情報をあるフォーマットから別のフォーマットへ翻訳し、あるいはコーディングし、地形と歴史の中をさまよう。彼らの実践は、1960年代の「サイト・スペシフィック」作品に対して、「タイム・スペシフィック」作品と言える。飛行経路、自動翻訳、異質な要素の間をつなぐものは相互に接合している。私たちは時間と空間を共に旅することができる世界に生きている。

ポストモダニズムは終わりつつあり、私たちはグローバルなオルターモダニティの誕生を目の当たりにしている。テート・ブリテンで開催されるテート・トリエンナーレ2009は、この仮説を巡る集合的な議論を展開する。

-ニコラ・ブリオー

日本語訳=辻憲行

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12-22-10

「オルターモダン(Altermodern)」についてのツイートをまとめて再掲します。

12月8日に@nori_1999でツイートしたニコラ・ブリオー企画「オルターモダン」のカタログテキスト+αについてのツイートをまとめてみますた。ホントはトゥギャりたいのですが、すでに消えてしまっていたのでorz、何かの役に立てばと思い、こちらに置いておきます。

「オルターモダン宣言」についてはこちら

———————————–

昨日一昨日と「関係性の美学」の著者ニコラ・ブリオーが昨年企画した「Altermodern」のテキストを読んでみたので自分のメモも兼ねてちょっとざっくり書いてみる。

AltermodernはPostmodernの終焉した状況を指している。テキスト中ではModernからPostmodernを経てAltermodernへの変遷を具体的な年を上げて説明している。

ブリオーはペータースローターダイクに従って、まず近代を爆発的なエネルギー消費の時代とし、その限界を1973年のオイルショックに定める。それ以降、天然資源の有限性が認識され、資源の再利用が求められるようになる。

その結果資本主義は日本的な工学的発展と、米国的な金融市場主義との大別すると二つの方向を選択した。

チャールズ・ジェンクスの「ポスト・モダニズムの建築言語」は1978年、リオタールの「ポストモダンの条件」は1979年であり、1973年のオイルショックの影響は無視できないだろうと

1970年代後半にポストモダンは始まった。それには二つの段階がある。第一段階は1989年までとされる。政治的にはベルリンの壁の崩壊が起きた年だが、ブリオーは展覧会の形式でも壁が崩された年だと指摘する。

同年ポンピドゥー・センターで開催されたMagiciens de la Terre大地の魔術師展は芸術の呪術的側面を強調するためにアフリカなどいわゆる第三世界のアートやアーティストを西洋の現代美術の文脈で初めて大々的に取り上げた。

これによってグローバリズムとマルティカルチュラリズムによって特徴づけられるポストモダンの第二期がはじまった、と。

ブリオーによれば、ポストモダンの終わりは2008年秋に訪れた。グローバル化した金融システムによって引き起こされた世界規模の金融恐慌、いわゆるリーマンショックがその契機である。

現在、我々は「オルターモダン」に直面している。オルターモダンは21世紀の、非‐西洋的な、はじめからグローバルなモダンで、単線的でない創発的な歴史/時間意識に基づいている、という。

そういえば、ブリオーはオルターモダン的な世界を象徴するコンセプトとしてアーキペラゴ(群島)を取り上げていました

ブリオーは、2004年のGNS(英語ではGPS)展では、衛星やネットなど通信技術の発達によって地球上のすべての場所が統一的なシステムの下で測位され比較交換可能になった時代をテーマにしたアートをフィーチャーしていました。

オルターモダンのアートの特徴は、1)美術史をツールとして用い、特定の様式をもたないこと、2)複数の時間/歴史を持つこと(観客によるシナリオの上演)、3)自律した物理的支持体や体験に先立つ意味内容に還元できないこと、という感じですかね。

このような特徴と出品作品の記述などを合わせて考えると、オルターモダンと「関係性の美学」は実際のところそんなに違わない感じがする。連続性があるというか。

二つのはっきりした違いは、オルターモダンには非‐西洋圏のアーティストが意図的に含まれていることですねー。

もともとTate Triennialはイギリス人作家を対象にした展覧会だったのだが、Altermodernで初めて、アフリカ、中東、アジア、オセアニア地域のアーティストを含むイギリス人以外の作家を取り上げたらしい。

ArtReviewのThe Power 100でブリオーの順位が急激に上がっている(2009年に68位で初登場、2010年は56位)ことを考えると、Tate Triennaleのセレクションはおそらくマーケットにも大きな影響を与えたのではないでしょうか

Altermodernに合わせて出版されたRadicantにはPalais de Tokyoでブリオーが手がけたPlaylist展やGNS展についての記述もあるようで、Altermodernのコンセプトについてもより詳細に述べられているようです

ブリオーの言っていることは本人が執拗に否定しているにもかかわらず、かなりリベラルだし、関係性の美学とシミュレーショニズムは時代的にも手法的にも重なるところが大きい。まあ読み手としてはそちら側にあえて誤読したほうが面白いのでそうさせていただく。

関係性の美学にはクーンズも取り上げられていたが、否定的な文脈だった。しかしブリオーが肯定的に捉えていたゴードン・マッタ・クラークがFOODでやろうとしたこととクーンズの試みは同じ線上にあると思っている。もちろんその先にはデュシャンのソシエテ・アノニムがあるわけだけど。

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11-15-10

ニコラ・ブリオー「Alter Modernについて」に字幕を付けてみました。

「関係性の美学」の著者ニコラ・ブリオーが、自身のディレクションした2009年のTate Triennialのテーマ「Alter Modern」について語るインタビュー動画に字幕を付けてみました。

元の動画はこちら http://www.youtube.com/watch?v=bqHMIL…

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