03-05-11

芸術係数の読書会はこんな感じです。《ローティ読書会》の様子。

芸術係数では一冊の本を取り上げて、何人かでそれを読み進めていく読書会も開催しています。現在は『偶然性・アイロニー・連帯-リベラル・ユートピアの可能性』(リチャード・ローティ著)を取り上げています。

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当初は参加者が順番で一段落ずつ読み進めていく形式を取っていましたが、現在は主催者の方で内容をある程度まとめて、それについて内容を吟味したり、そこから漏れているポイントを参加者が指摘して、それについて議論したり、という形式で進め始めています。

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できるだけ効率的で議論も有効にできるよう、読書会の形式も試行錯誤しながら進めていますのので、今後も少しずつ進行方法は変えていくと思います。
こちらの読書会は毎回10人前後の参加者です。参加者の関心領域は、アートを中心に社会学や現代思想といったところでしょうか、仮想していた参加者は美大生やアーティストを含むアートに関心を持つ人たちでしたが、少し幅が出てきているようです。男女比は6:4で女性が多いです。参加者の年齢層は20代から50代まで幅広いですね。

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読書会の様子はこんな感じです。興味のある方はお気軽にご参加ください!

[撮影:越間有紀子]

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02-24-11

ミシェル・フーコー「規律社会について」part2 に日本語字幕を付けてみました。

“Michel Foucault On ‘Disciplinary Society,’ Part 2 ”に日本語字幕を付けました。
翻訳は辻憲行 (twitterID=nori_1999)
芸術係数(http://gjks.org)
元の動画はこちら

「ミシェル・フーコー「規律社会について」part1」はこちら

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02-13-11

〔ノート〕『偶然性・アイロニー・連帯-リベラル・ユートピアの可能性』リチャード・ローティ

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目次
序文
序論
第I部 偶然性
第一章 言語の偶然性
第二章 自己の偶然性
第三章 リベラルな共同体の偶然性
第II部 アイロニズムと理論
第四章 私的なアイロニーとリベラルな希望
第五章 自己創造と自己を超えたものへのつながり—プルースト、ニーチェ、ハイデガー
第六章 アイロニストの理論から私的な隠喩へ—デリダ
第III部 残酷さと連帯
第七章 カスビームの床屋—残酷さを論じるナボコフ
第八章 ヨーロッパ最後の知識人―残酷さを論じるオーウェル
第九章 連帯
訳者あとがき
人名索引

本書はロンドンのユニバーシティ・カレッジで行った「ノースクリフ講義」(1986年2月に3回)とトリニティ・カレッジの「クラーク講義」(1987年2月)をもとに編まれている。
1981年から1986年にマッカーサー・フェローシップ(俗にいう天才賞)を受けた。その資金により本書の執筆につながる研究に集中する環境ができた。

序論では、公正さと私的な完成の統一というプラトン/アリストテレス以来の伝統的な哲学において探求されてきた、人間本性と世界の真理の存在を前提とした考えを放棄すること、そして現代の理想的な人間の姿として、重要な信念や欲求の偶然性を受け入れ、連帯を目指す「リベラル・アイロニスト」を、彼らの生み出す公共圏として「リベラル・ユートピア」を、提案する。
ローティはこの提案に対置される旧い語彙をカントの哲学の中に見ており、本書はその再記述の書として理解できる。

序論

“「公正であることがなぜ利益にかなうことになるのか」という問いに答えようとするプラトンの企てと、完全な自己実現は他者への奉仕を通じて達成できるとするキリスト教の主張の、双方にあるのは、公共的なものと私的なものを融合しようとする試みである。…この…試みが要求するのは、人間には共通の本性があるという認識である。”(p.1)

↑ローティーはこの試みを「可能にする哲学、あるいは他の理論的な学問など、まったく存在しない」とする。

ヘーゲル以来の歴史主義の思想家たちは、「人間本性」や「自己のもっとも深層のレヴェル」というものが存在することを否定し、すべてにわたって歴史環境が人間性の規定に影響を与えているという認識を持つようになった。このような歴史主義的転換により、私たちの思考や社会進歩の目標が「真理」から「自由」に変わった。

しかし、依然として私的なものと公共的なものをめぐる緊張関係は残存しているとローティは考える。
自己の創造と私的な自律の欲求に囚われている歴史主義者(ハイデガーやフーコー)は、社会化をニーチェと同様私たちの内部の深遠なものと対立するものとしてみる。
公正で自由な人間共同体への欲求にとらわれている歴史主義者(デューイやハーバーマス)は私的な感性に対する欲求は「非合理主義」や「審美主義」によって感化されているとみなす。
ローティは“彼らに同等の重要性を認め、それぞれを異なった目的のために用いるべき”だということを推奨する。両者が対立しているという考え方そのものを放棄すべきだと言う。

ローティは二十世紀の歴史主義的な哲学者、思想家、小説家たちを二種類に分ける。
範例として、つまり私的な完成―自己創造的で自律的な生―の実例となる著述家:
キルケゴール、ニーチェ、ボードレール、プルースト、ハイデガー、ナボコフ
共有された社会的な取り組み―私たちの制度や慣行をもっと公正なものとし、より残酷でないものとする取り組み―に従事している著述家:
マルクス、ミル、デューイ、ハーバーマス、ロールズ
↑そしてそれぞれが使う語彙、一方は私的で共有不可能で論議になじまない「自己創造の語彙」、もう一方は公共的で共有可能であり論争の媒体となる「正義の語彙」である。この二つの語彙は共薬不能なものであるとローティは言う。

ローティが理想とする人間の姿は「リベラル・アイロニスト」である。
リベラル=残酷さこそ私たちがなしうる最悪の事だと考える人
アイロニスト=重要な信念や欲求の偶然性を受け入れる歴史主義的で唯名論的な人
リベラル・アイロニスト=基礎付けえない欲求の一つとして、人が受ける苦しみは減少してゆくであろう、そして人間が他の人間を辱めることをやめるかもしれないという、自らの希望を挙げる者のこと。

私たちは、公共的なものと私的なものとを統一する理論への要求を棄て、自己創造の要求と人間の連帯の要求とを同等だが共約不可能なものとみなすことで、私たちは「リベラル・アイロニスト」に近づく。

ローティは本書の目論見の一つを「リベラル・ユートピア」の可能性の提唱であるという。それは、“アイロニズムがその適切な意味で普遍的であるようなユートピアの可能性”(pp.6-7)である。そこでは、“人間の連帯は…事実ではなく、むしろ、達成されるべきひとつの目標だ。この目標は探求によってではなく想像力によって、つまり見知らぬ人びとを苦しみに悩む仲間だとみなすことを可能にする想像力によって達成される。連帯は…創造されるのだ。”(p.7)

それは“現に在る《真理》に向かって収斂してゆくというよりも、むしろ《自由》を永遠に際限なく実現してゆくこと”(p.8)

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02-11-11

ミシェル・フーコー「規律社会について」part1 に日本語字幕を付けてみました。

“Michel Foucault On ‘Disciplinary Society,’ Part 1 ”に日本語字幕を付けました。ときどき英語が怪しくなって横の人に確認したりするフーコーです。
翻訳は辻憲行 (twitterID=nori_1999)
芸術係数(http://gjks.org)
元の動画はこちら

ミシェル・フーコー「規律社会について」part2はこちら

字幕作成には以下のサイトが役立ちました。入門用にもいいのでは。
Changing Minds.org – Foucault on institutions
NEW LEARNING – Michel Foucault on the power dynamics in modern institutions

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02-10-11

〔ノート〕「クリムゾン・タイド」トニー・スコット監督

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クリムゾン・タイド (Crimson Tide)
監督:トニー・スコット
製作総指揮:
ルーカス・フォスター
マイク・モーダー
ビル・アンガー
製作:
ドン・シンプソン
ジェリー・ブラッカイマー
脚本:
マイケル・シファー(原案・脚色)
リチャード・P・ヘンリック(原案)
クエンティン・タランティーノ(リライト、クレジットなし)
出演者:
デンゼル・ワシントン
ジーン・ハックマン
音楽:ハンス・ジマー
撮影:ダリウス・ウォルスキー
編集:クリス・レベンゾン
配給:
ハリウッド・ピクチャーズ
ブエナ・ビスタ・インターナショナル・ジャパン
公開:
〔全米〕1995年5月12日
〔日本〕1995年10月10日
上映時間 116分
製作国:アメリカ合衆国
言語:英語
製作費:$53,000,000
興行収入:
〔全米〕$91,387,195
〔世界〕$157,387,195

※完全に自分用メモ

自分が好きなマンガ(「シルバー・サーファー(Silver Surfer)」)を馬鹿にされ、喧嘩さわぎを起こした乗組員に、自分も「シルバー・サーファー」のファンだと告げて信頼を得るハンター(デンゼル・ワシントン)。この乗組員の助けがあって、ハンターは危機を脱する。

通信機の修理がうまく進まず焦り気落ちする乗組員(ヴォスラー)に対し、ハンターは『スタートレック』でU.S.S.エンタープライズ号が敵に追い詰められた際、カーク船長がストックに対してワープ速度を上げる改良を施すよう命令したというエピソードを話し、現在の危機的状況の共有、モチベーションの高揚、ヴォスラーとの信頼関係の確立を同時に達成した。

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02-06-11

〔ノート〕『真理・言語・歴史』ドナルド・デイヴィドソン


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