05-31-12

ミート・ジ・アーティスト:トーマス・デマンド「大統領の座」

“Meet the artist: Thomas Demand″に日本語字幕を付けました。
翻訳は辻憲行 (twitterID=nori_1999)
芸術係数(http://gjks.org)
元の動画はこちら

作品について紹介しているHPへのリンク
National Gallery of Art Acquires Presidency I–V Photographs by Thomas Demand
Thomas Demand, Presidency

*こちらにtranscriptionがあります。字幕は聞き取りのみで作ったのですが、こちらを読むと字幕には若干誤訳や単語レベルの抜けがありますね。。

〔字幕〕
トーマス・デマンドです。
五点の写真で構成される展覧会を開催します。
厚紙で実物大の模型を制作し、それを撮影した作品です。
作品の制作には二ヶ月かかりました。

それは私たちがよく知っている部屋の模型です。
ホワイトハウスの大統領執務室の模型です。
しかし、実の所その模型は実際のホワイトハウスや
執務室の再現ではありません。
それは彫刻作品なのです。
映画や報道などのメディア上に繰り返し
映し出される、極めてパワフルな場所についての
私の知識や解釈に基づいて作られたものなのです。

すべて厚紙で出来ています。
カーペットは細かい紙片で作っています。

マダム・タッソー館とは全く違います。
この模型は細部の再現を放棄しています。
例えば星条旗には星がありませんし、
書類には何も書かれていません。
細部を作りこむのは簡単なことですが。
私は自分が見出したものを、彫刻へと
翻訳したいのです。
その対象そのものが持つ美しさとともに。

基本的に私が意図しているのは、
鑑賞者がその場所を特定のどこかであると
認識できるのと同時に、
今まで見たこともない場所のように
感じる体験を生み出すことです。
私は人々の無意識にふいに入り込む
ようなイメージを作ろうとしています。
イメージのライブラリーのようなものを。
金色のカーテンの光沢感や
旗竿の先端の鷲の飾りなどの細部によって
満たされるイメージを。

リアリティの細部に入り込み過ぎた時
には立ち止まるようにしています。
私は対象がどのようであるかには全く
関心がないのです。
私の関心は、それがどのように認識されて
いるか、という点にあるのです。

大統領によって執務室のインテリア
デザイナーも異なります。
それは普通ファーストレディの役割
なのです。

ブッシュ・シニアの場合は全く違う
しつらえになっていました。
現在のインテリアよりもう少し趣味が
良かったと思います。
とはいえ、クリントンの趣味がひどかった
というわけではありません。
彼の時代のインテリアは仰々しく、
権力の表象に満ちています。
しかし彼が使っていたダークカラーの
絨毯はとても良いと思いました。
そしてカーテンにはブッシュ・ジュニア
のものを使いました。
さらにレーガン大統領が好んだポケット・
ツリーも加えました。
私が作ったのは複数の執務室の
ハイブリッドであって、
特定の大統領の執務室の再現では
ないのです。

ここには暖炉を写した写真があります。
暖炉はとても謎めいています。
ブッシュ・ジュニアはローマ教皇と一緒に、
暖炉の前に座って歓談しました。

部屋の主の椅子の下からあおった
写真を撮りました。
これは権力について示唆した写真であり、
現実にこの部屋を訪れた人には絶対に
撮ることのできないイメージです。

私は現実とイメージの、どちら
からも等しく影響を受けました。
それは丁度、雑誌で目にしたものを
魅力的に感じたり、
TVに出ている人を、良い人だと思う
といったような意味においてです。
私たちは生活の中での様々な決断を
イメージの影響のもとに行います。
何がほしいのか、私たちは誰で、どこに
いるのか、など。
私はアーティストとして、このような
イメージの影響力に大変関心があります。
私は常にイメージを用いて制作している
のですから。

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05-21-12

デビッド・カープ(Tumblr創業者)「Tumblrについて」

“Tumblr’s David Karp Models For UNIQLO″に日本語字幕を付けました。
翻訳は辻憲行 (twitterID=nori_1999)
芸術係数(http://gjks.org)
元の動画はこちら

〔字幕〕
デビッド・カープ:僕はデビッド・カープ。タンブラーの創業者です。
タンブラーは自己表現のための理想的な
プラットフォームを目指しています。
多くの人が自分の気になっている物事を
共有できるしくみです。
今のWEBサービスには、個人の創造的活動のために設計された
ものはほとんどない。
そしてサービス上でのアイデンティティ
に誇りを持てるようなサービスも少ない。
フェイスブックでは簡単にアイデンティティを
簡単に作ることができるけど、
それは身分証明書のようなものでしかない。
タンブラーはオンラインでクリエイティブに
活動するための、とてもユニークなサービスだ。
誇りを持ってみんなに見せたいと思う
ものを共有できる。
人が君の名前をググったり、君の名刺や
履歴書に書かれているアドレスを入力したくなるようなものを
共有できるんだ。
人が自分の気になるものをもっと率直に
共有できるようになれば、
世界はもっと良くなるだろう。
何を共有しどのように見せるかの決定権
をユーザーに委ねることで、
美的で創造的な感性を持った人々の
コミュニティを呼び込むことができる。
そうしたコミュニティが、多くの人々を刺激して、
たくさんの作品がタンブラーで共有されていくんだ。

五〇代、六〇代になって写真の趣味に
目覚めた人たちは、
身近に趣味を共有できる仲間を見つける
ことが難しいけど、
タンブラーなら、彼らの活動を受け入れ
る創造的なコミュニティが見つかる。
そして刺激を受けてそこに参加したく
なるだろうし、
自分たちが参加するためのいいツール
を見つけたと感じるだろう。
そしてコメントを書いたり、写真を
共有したりするようになる。
そういうサービスならテンション上がるよね。

一番嬉しいのは、僕らに最も縁遠い分野
のコミュニティを見つけた時だね。
ファッション、音楽、映画産業の
コミュニティに集まる人々は、
僕らが思いもよらなかったような仕方で
タンブラーを使っているんだ。

理解するのに3年かかったことがある。
二、三ヶ月毎に必ずのように、
世界の終わりかと思うような大問題に直面する。
その出来事は君の胃をキリキリと締め上げ、
もうだめだ、自分はもうおしまいだ、
という気持ちにさせるだろう。
以前は時々起きるそうした事態に
慣れていなかったけど、
問題に対処して、難局を乗り切っていくうちに、
再び物事がうまく運び始め、自分たちの
仕事に熱中することができるんだ。

早い時期に良き相談者を見つけること。
そして彼らの話を真剣に聞くこと。
たとえ彼らの言うことが、正しいこと
だと確信できなくてもだ。
彼らとの対話を続けるんだ。
聞いた話は何年も後になって役立つこともある。
今になって自分のためになったと思えるのは、
これは彼らが前に言っていたことと同じ事だと分かって、
問題に落ち着いて対処できることだ。
僕は以前より賢くなったな、とか、
これは違うな、とか。
最終的にうまくやることができる。
そうだね、OKって感じに。

人の話を全部聞き入れる必要はないけど、
豊かな経験を持つ人達が身近にいるということは、
大きな財産になるよ。

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05-13-12

マーシャル・マクルーハン「グローバル・ヴィレッジ(地球村)について」

“Marshall McLuhan in Conversation with Mike McManus – Friday May″に日本語字幕を付けました。
翻訳は辻憲行 (twitterID=nori_1999)
芸術係数(http://gjks.org)
元の動画はこちら

〔字幕〕
マイク・マクマナス:一九五〇年代初頭、世界はグローバル・ヴィレッジへ
向かいつつある、と予言していましたね。
私たちは地球規模で物事を考えるようになるとも。
今現在、予言は成就しつつあるのでしょうか?

マーシャル・マクルーハン:我々は逆戻りしています。
部族的で、集合的、個人の意識を持たない
古代人の二分心的な意識へ戻っています。

マクマナス:しかし、この部族的世界は友好的でない
ように感じるのですが。

マクルーハン:そのとおりですよ。
部族的世界の人間は、互いに殺しあうのです。
部族的社会は、危険の絶えない社会です。

マクマナス:我々がグローバルで、部族的になれば、
我々は…

マクルーハン:我々がもっと緊密になれば、互いに
もっと好意的になるとでも?

マクマナス:ええ。

マクルーハン:そんなことはありえませんね。
人間同士近づけば近づくほど不寛容に
なるのです。

マクマナス:それが人間の本質なのでしょうか?

マクルーハン:狭い環境では、人の寛容度に大きな
負荷がかけられるのです。
村落共同体の人々は、さほど互いを
愛していないのです。
グローバル・ヴィレッジとは、脅迫的な
インターフェイスであり、
非常に神経をすり減らす環境なのです。

マクマナス:ケベック州の分離主義思想には、その
ような考え方との共通点が見えますか?

マクルーハン:ケベック州民は国内の英語圏コミュニティ
を不快に感じているでしょうし、
それは百年前にアメリカ南部が北部に
感じていたのと同様の感情でしょう。

マクマナス:それはスペースの必要性ということ…

マクルーハン:いいえ、できるだけ摩擦の起きないような
出会いが必要なのです。
車輪とアクセルの関係にもう少し隙間が必要なのです。
車輪とアクセルが直結しすぎると、遊びが
なくなってしまうのです。
だから人々の間にも潤滑油というか、
少々距離が必要なのです。

マクマナス:距離を取る傾向というのは、世界中に
見られるものでしょうか?

マクルーハン:もちろんそうです。分離主義の台頭は
世界中で見ることができます。
世界中の国々で、リージョナリズムや
ナショナリズムを掲げる集団が活動しています。
ベルギーにおいてすら分離主義の大きな
動きがあります。

マクマナス:しかしケベック州民は、分離主義を
アイデンティティの追求と捉えています。

マクルーハン:あらゆる暴力はアイデンティティを
追求する行為です。
フロンティアを生き抜くとき、あなたに
アイデンティティはありません。
あなたは何者でもないのです。
だからあなたはタフになります。
自分が特別な存在であると、力で証明する
必要があるのです。
だから暴力的になるのです。

アイデンティティには、常に暴力が伴うのです。
一般市民にとって、暴力は自分たちの
アイデンティティを奪うものです。
暴力は、彼らのアイデンティティを
脅かすものでしかありません。
テロリストやハイジャック犯などは、
負のアイデンティティを持ちます。
彼らは何とかして注目されることを、
固く誓った人々なのです。

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05-08-12

ヴィム・ヴェンダース「“Pina/ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち”の始まりについて」

“Wim Wenders speaks about how PINA originated″に日本語字幕を付けました。
翻訳は辻憲行 (twitterID=nori_1999)
芸術係数(http://gjks.org)
元の動画はこちら

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05-08-12

Pina/ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち―ヴィム・ヴェンダース インタビュー(2012)HD

“Pina – Wim Wenders Interview (2012) HD″に日本語字幕を付けました。
翻訳は辻憲行 (twitterID=nori_1999)
芸術係数(http://gjks.org)
元の動画はこちら

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05-01-12

ハンス・ウルリッヒ・オブリスト インタビュー part 2

“tank.tv Interviews Hans Ulrich Obrist (Part 2)″に日本語字幕を付けました。
翻訳は辻憲行 (twitterID=nori_1999)
芸術係数(http://gjks.org)
元の動画はこちら

「ハンス・ウルリッヒ・オブリスト インタビュー part 1」はこちら

動画中で言及されている「プロジェクト」は、インタビュー動画を制作したtank.tvのために編集されたDVD「フレッシュ・ムーブス:イギリスの新しい映像表現」のこと。
また、字幕ではMondialitéを「世界性」と訳しています。

[字幕]
質問:作品を見せる際の様々な文脈について
考えをお聞かせください

オブリスト:作品の見せ方には多くの可能性があります。
この可能性は、言うなれば、展覧会の現場で探求されるのです。
マルチスクリーンの映像インスタレーション作品、
例えば、ダグ・エイケンの作品や
ノー・ゴースト・ジャスト・ア・シェルの見せ方などは、
それぞれの作品に固有の空間的な条件があります。
それはカーペットやスクリーンの配置を含む、
インスタレーションの手法を意味します。

しかし、空間的に厳密に作品を定義
するアーティスが、
より空間的な制約がゆるい作品を
作ることもあるのです。
より偏在的で、さまざまな状況で
見せることのできる作品を。

最初の質問の答は、見せ方の問題
だということ、そして
ある種の作品は、厳格な空間設計
に基づいて見せる必要があり、
アーティストにとってそれが重要で
あるけれど、
しかし同じアーティストでも別の
作品に関しては、
アート・ワールドを超える偏在性を
作品に求めることもある。
美術館やギャラリーだけでなく、
もっと日常的な場所、例えばDVDストアとか、
あるいはより幅広い流通が可能な
状況で見せたいと考える。
だからこの場で、どのアーティスト
はこうで、と言うことはできない。
それは現場での交渉で決まるのです。

多くのアーティストは色々な
可能性を試したいものです。
様々な考えが混ざり合った可能性を。

質問:イメージはどう動くのか?

オブリスト:アーティストが「動き」を形にする
道筋には、高速レーンと低速レーンがあると
考えます。
私たちの世界はグローバル化による
同質化の圧力にさらされていますが、
それはアート界にも影響しています。
私が考えているのは、同質化への
抵抗なのです。
それは単に空間的なものではなく、
時間的なものでもあります。
時間の同質化は非常に大きな問題で、
それに抵抗しなければなりません。
ですから我々はエドゥアール・グリッサンから
大いに学ぶべきです。
彼の「世界性」という概念は、
グローバル化の同質圧力への抵抗で
あるとともに、
潜在的な、グローバルな対話の可能性を
閉ざさないことなのです。
だから彼は「世界性」を、世界的な
対話の可能性として、
差異を維持する力として定義します。
それは差異を生み出すグローバルな
対話を否定しません。
私はこのプロジェクトが、
空間と時間の同質化に抵抗する
ことによって、
グリッサンの「世界性」の実現に
寄与することを願っています。

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04-24-12

エルンスト・ゴンブリッチ「『美術の物語』について」

“Ernst Gombrich (author) on Story of Art″に日本語字幕を付けました。
翻訳は辻憲行 (twitterID=nori_1999)
芸術係数(http://gjks.org)
元の動画はこちら

[字幕]
チャーリー・ローズ:エルンスト・ゴンブリッチ卿は世界で
最も有名な美術史家と言えるでしょう。
彼はロンドンで学び、今年で九十二歳です。
彼は「美術の物語」の作者です。
この本は美術の正史として、売り上げは百万部を突破し、
二十三の言語に翻訳されています。
この本は二十世紀後半の視覚文化の
礎ともなりました。
彼はクラシック音楽の愛好家でもあり、
長年にわたってロンドン大学とヴァール
ブルク研究所で教えました。
第二次大戦中はBBCのドイツ語放送を担当し、
一九四五年、ヒトラー死亡の第一報を
チャーチルに伝えました。
彼は、一九九五年にこの番組に出演しました。
今宵は彼を偲びながら、
その日の会話を振り返りましょう。

これは驚くべき書物です。
人々の賞賛の声は届いているでしょう。
どうしてこのような書物が
生まれたのでしょうか。

エルンスト・ゴンブリッチ:それは様々な出来事の偶然の繋がりが
生んだものだと言っていいでしょう。
それはこのように生まれたのです。

私はかつて、子供向けの世界史の
執筆を依頼されました。
その頃の私は若く、まだウィーンに
住んでいました。
私が書いた世界史の本はよく売れました。
そこで出版社から、子供向けの
美術史の本の執筆を打診されました。
私はその依頼を断りました。子供向けの
美術史など存在しないからです。
しかし彼らはあきらめませんでした。
最終的に、子供向けにはしないことで
執筆を了承しました。
そうしてこの本は形になったのです。
執筆中には戦争をはじめ様々な理由で
中断を余儀なくされましたが、
それにも関わらず、書き上げることが
できました。

ローズ:どうしてこれほどの評価を
得たのでしょうか。

ゴンブリッチ:それは、率直な書き方をするよう
努めたからではないでしょうか。
明白な事象については謎めいた書き方を
避けましたが、
議論が必要な事象については謎を残して
おきました。
それは明白に謎なのですから。

ローズ:間違っていたら訂正して下さい、たしか
あなたはこう言っていましたね、
実際に言ったというより、事実上そう
言ったとされているということですが、
美術の「物語」、ということに重要な
意味があると。

ゴンブリッチ:とてもいい点に気づいてくれましたね。
それは意図的なものです。
「物語」が意味するのは、単に
時系列に起きた出来事を、順番に並べた
年代記ではないということを意図しています。
つまり「流行の年代記」のようなもの
ではないということです。
イメージ形成の展開というのは、
人の手が介在する物語なのです。
それは、人類の企図とその達成の所産なのです。
ある目的の達成が停滞した場合には、
他の人がそれを引き継ぐのです。
ですから、物語には一貫性があるのです。
人々はそこに、筋道の通った出来事の
連なりを見いだすのです。

ローズ:確かに、読者はその点に魅力を
感じているのでしょう。
あなたは物語を展開させるための、
繋がりを生み出したわけです。

ゴンブリッチ:そうです、それが私がやろうとした
ことです。

ローズ:モダン・アートについてはどう
お考えですか?

ゴンブリッチ:それに関連して、モダン・アートは
興味深い問題です。
私の物語は、ある意味で、
世界を表現する際の、対立する二つの
問題や手法の、争いの物語なのです。
簡潔に言うと、知識に基づく表現と、
見ることに基づく表現との間の争いです。
私はエジプト美術を通じて、
エジプト人が目前の事物を超えて、彼ら
が知るものを見ていたと説明した。

この物語の行き着く先は印象派です。
印象派を生み出したのは、無垢な目
と呼ばれた原理です。
目に見える世界をそのまま描出する、
その原理が勝利したのです。
十九世紀末のことです。

その後で何が起きるのか、その問題に
答えることが、
二十世紀の美術史を書くということ
なのです。

さて質問はモダン・アートについてどう
考えるか、でしたね。
モダンアートは、物語の中断に
直面しています。
そしてこれまでとは全く違う解決法を
探しているのです。
私はこの本の中で、
この中断の理由の一つについて、次の
ように説明しました。
印象派を支えた原理は、やや単純すぎる
ものであって、
知っていることと知覚していることを
完全に分けることはできないのです。
そのため、アイディア全体が崩れさって
しまったのです。
その後のページで補足すべきだったの
かもしれませんが、
それには写真の発明も深く関わっている
のですが、
芸術家やイメージ制作者のための、
別の可能性の探求が、
今に至るまでずっと続いているのです。

ローズ:あなたは熱心なコレクターでは
ないようですね。

ゴンブリッチ:私はコレクターではないですね。

ローズ:なぜですか?

ゴンブリッチ:私にはそんな財産はないからですよ。

ローズ:大コレクターもはじめは小額の資金から
スタートしていますよ。

ゴンブリッチ:確かに。
私には所有欲がないのでしょう。
偉大な作品は、美術館やギャラリーで
見られれば満足なのです。
所有したいとは思いません。
どこにあるかわかっていれば
良いのです。

ローズ:美術館で見ればよいと。

ゴンブリッチ:その通り。

ローズ:でも版画は持っているでしょう?

ゴンブリッチ:私の父は版画のコレクターでした。
ですから私は多くの版画作品を譲り受けました。
その中には大変価値があるものも含まれます。

ローズ:ウィーン時代の話をしましょう。
あなたの母親は、マーラーとフロイトの
友人だったそうですね?

ゴンブリッチ:はい。
彼女はフロイトの顔見知りでした。
友人というのは言い過ぎですが…

ローズ:そうですか?
彼女は彼らについてなにか
言っていましたか?

ゴンブリッチ:いろんなことを言っていましたよ。
彼女はフロイトのことを今までで最高のユダヤ・ジョークの
語り手だと言っていました。

ローズ:マーラーについてはどうですか?

ゴンブリッチ:マーラーは神経質で気難しい人でした。
母はそのこともよくわかっていました。

ローズ:あなたの成長には音楽が重要な意味を
果たしたのでしょうか。

ゴンブリッチ:全くその通りです。
私の家族にとって、音楽はとても重要な
ものでした。

ローズ:あなたはロンドンで最初にヒトラーの
死を知った人物だったのですか?

ゴンブリッチ:ええ。当時私はそういったニュースを伝えて
いましたから…

ローズ:そのときの様子は?

ゴンブリッチ:その時は…
戦争の末期で、
それはドイツ軍の無線通信の一つでした。
私たちは重要な発表があるということで
待機していたのです。
それはヒトラーに関するものであること
は予想できていました。
私は経験のあるスタッフとして呼ばれて
いました。
私にはニュースをできるだけ早く伝える
ためのアイディアがありました。
あらかじめ何枚かのメモにこんな風に
書いておくのです。
ヒトラーが死んだ、ヒトラーが降伏する、など。
そして無線から「我々の総統が死去
…」と聞こえるやいなや、
正しいメモを指差しました。
情報は即座にチャーチルに伝えられ
ました。

ローズ:その時チャーチルは寝ていましたか、
何時頃だったのでしょうか?

ゴンブリッチ:寝てはいなかったと思いますよ、
あれは…

ローズ:ワーグナーの曲は演奏されたのですか?

ゴンブリッチ:そのとき演奏されたのはブルックナー
でした。ブルックナーの交響曲第七番第二楽章です。
その楽章は、ワーグナーの追悼のために
書かれたのです。
その時私は、その後に起きることの
予兆を感じ取りました。

ローズ:音楽家になろうと思ったことは?

ゴンブリッチ:いいえ、まったく。私には才能が
ありませんから。

ローズ:才能がない?

ゴンブリッチ:ええ、そう思いますよ。

ローズ:オックスフォードで教授職について
いらっしゃった?

ゴンブリッチ:はい、オックスフォードでも教授を
つとめました。

ローズ:「美術の物語」の出版後、何か変化が
ありましたか?

ゴンブリッチ:講演やゼミの依頼があちこちから来る
ようになりました。
アメリカにも何度も呼ばれましたし、
他の場所からも依頼がありました。

ローズ:ナイト爵に叙せられたのはいつですか?

ゴンブリッチ:一九七二年だったと思いますが…よく
覚えていません。

ローズ:あなたの好きな芸術家は?誰が…

ゴンブリッチ:好きな芸術家というのは思い
あたりません。
私は芸術家を格付けしません。
私は何人かの芸術家を大いに
賞賛します。
しかし、別の芸術家の作品を見る
ときにも、彼もまた素晴らしいと言うでしょう。
とはいえ、例えば私はベラスケスを
大いに賞賛しますし、
シャルダンにも賞賛を惜しみません。

芸術家とは、言ってみれば、
とても優れた技量でカンバスに絵具を
配置する人々のことです。
それは一つの奇跡なのです。

ローズ:ゴンブリッチ卿は、先週ロンドンで
亡くなりました。九十二歳でした。
それでは次回、またお会いしましょう。

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04-18-12

マイク・ケリー インタビュー3/4

“Mike Kelley / Interview 3 of 4″に日本語字幕を付けました。
翻訳は辻憲行 (twitterID=nori_1999)
芸術係数(http://gjks.org)
元の動画はこちら

[字幕]
アーティストとしての私の活動は初めから、
マテリアリストの宗教的儀式を形にする試みだった。
私に言わせれば、すべての芸術は
マテリアリストの儀式のようなものだ。

ぬいぐるみの作品を作り始めたのは、
80年代の消費文化に関する議論への
応答のつもりだった。

それは驚きだったよ。
ぬいぐるみ作品を観た観客がみんな、
児童虐待についての作品だと思ったと言うんだ。
そんな反応は全く予想してなかった。
観客は作品を児童虐待と結びつけて
理解しただけではなく、
それが、私自身への虐待行為だとも
感じたらしい。

そう言われた時私は、「それは面白い、
それをやりつづけてみなきゃね。
これからは私自身への虐待についての
作品を作り続けよう。」と答えたよ。

それに加えてこの作品は、
すべての人に対する虐待行為でもある。
つまりこれは共有された文化なんだ。

これは一つの仮説なんだ。
あらゆる欲求は、抑圧されたトラウマが
生み出している、というね。

私の作品は反作用のようなものなんだ。
まず何かを作り、それに反応する。
何を受け止めたのかはわからない。
私は拒絶しない。それを受け入れる。
それに付き合うんだよ。
それが私を導いてくれるんだ。

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04-15-12

マース・カニンガム「制作のプロセス」

“Merce Cunninghams Working Process″に日本語字幕を付けました。
翻訳は辻憲行 (twitterID=nori_1999)
芸術係数(http://gjks.org)
元の動画はこちら

[字幕]
ナレーション:残念ながら、マース・カニンガムは
ダンスの定義を変えてしまいました。
最初のモダンダンスの振付家である彼は、
音楽や物語との調和を無視することにしたのです。
そして純粋に身体の動きを構成することを目指しました。

カニンガムの作品は多くのアーティストを魅了し、
何人もの伝説的なアーティストたちとの
コラボレーションが生まれました。
その中には、ロバート・ラウシェンバーグ、
ジャスパー・ジョーンズ、
ジョン・ケージ、そして
デヴィッド・テュードアが含まれています。
カニンガムのコラボレーションの
ユニークなところは、
参加するアーティストたちが別々に
自分の作品を作り上げる点にあります。
例えばダンサーは作曲家の作る音楽に
合わせて踊るのではなく、
音楽とダンスは無関係に、ただ同時に
上演されるのです。
それはあまりなじみのない手法です。

インタビュアー:そのような手法では、ダンサーが音楽を
邪魔してしまうことになりませんか?

マース・カニンガム:いいえ。
今、通りの音が遮られていますか?
ちゃんと聞こえていますね。
私もあなたも、思い通りのことを
していますが、音は聞こえ続けます。
通りの音は、私たちと無関係な状態にあります。
私は作品の中に、そのような状況を
作ろうとしているのです。
ダンスとは無関係に、音楽が作られます。
しかし、それは同時に上演され、同時に
存在するのです。

インタビュアー:どんな風にダンスを振り付けて
いくのですか?

カニンガム:私はまず、一つのステップ、一つの動作
から始めます。
そしてそのステップの意味を理解し、次の動きに移ります。
その後、二つの動きを組み合わせ試しに踊ってみます。
動きを忘れないために。
私たちは、何事も言葉によって語られ
なければならない、という考えに慣らされています。
しかし、私にとっては動きが言葉の代わりになります。

インタビュアー:あなたの作品を観るにはダンスの知識が
必要かしら?

カニンガム:そんなことはないと思いますよ。
むしろどんな作品が演じられるのか、
全く知らない方がいいですよ。
どんな知識が必要かなんてことは
気に病む必要がありません。
観客が知識を持っていて、観た作品が
知識に沿うものでなかったら、
私たちは良い作品など作ることは
できません。それは間違っています。
私はつねづね、人間についてこう
考えています。人の考え方は変わる、と。
私たちは変えることができるのです。
これまで知っていたのとは違う
ものに心を開くことができるのです。

私たちは日々同じことの繰り返しを
強いられています。
だから私は、可能な限り色々なやり方を
試みているのです。

ナレーション:カニングハムがルールに縛られるのを
嫌っているのは明らかです。
だから、彼は常に新しいことに挑戦し
続けているのです。
このTV番組のためのダンスのように。

カニンガム:それは冒険でした。
TVは全く縁遠い視覚メディアでした。
カメラの電源の入れ方すら知らないんだ。
舞台上に、気に入らないヤツがいたら、彼を退場させ
なければなりません。
しかしカメラの前だったら、カメラを
動かすだけでいいのです。
彼らは視界から消えてしまいますから。

私にとっては、言葉より動きを使って
語る方が簡単なのです。
私は何らかの動きについて、言葉の助けなく思考することが
できます。
私はそこに意味を読み取ることが
できるのです。
そして、意味を紡ぐ別の動きをそこに
付け加えることができるのです。
そうやって私は生きてきたのです。

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04-11-12

レム・コールハース x チャーリー・ローズ(10/19/11)

“Charlie Rose – Rem Koolhaas (10/19/11)″に日本語字幕を付けました。
翻訳は辻憲行 (twitterID=nori_1999)
芸術係数(http://gjks.org)
元の動画はこちら

[字幕]
チャーリー・ローズ:ちょっと昔の話を聞いてみよう。
都市の何があなたを引きつけるのでしょうか。
その密度ですか、それとも多様性?あるいは…

レム・コールハース:私が都市に魅力を感じるのは、
私自身の経験に基づいています。
私はロッテルダムで生まれ育ちました。
そこは刺激的な都市でした。
その後独立し、熱帯の国インドネシアに
行きました。
そこはさらに刺激的な場所でした。
私にとって都市というのは、 
私の数多くの経験を根底から形成して
いるのです。

ローズ:あなたが手がけたプロジェクトの写真を
見てみましょう。
最初にご覧いただくのはコーネル大学の
ミルシュテイン・ホールです。

コールハース:これは私たちが取り組んでいる
プロジェクトの中の一つです。
これは、既存の建築物と比べて目立たない
デザインになっています。
最近の4、5年ほど、私は建築の本質を
追求することに注力しています。
だからこのプロジェクトでは、
建築物の形態よりもそのパフォーマンスを
重視しました。
この建物は極めて的確に、
三つの異なった要素をつなぐ役割を演じます。
それに関連して、この建物には大事な
役割が隠されているんです。
写真を見てください、
このプレートは、その下の隠れた空間を
繋いでいて、私たちはそこに…

ローズ:パフォーマンスをより重視している、
というのは機能性のことですか?

コールハース:違います。機能性は退屈です。
パフォーマンスとは建築が演じる役割であり、
建築が作り出す状況のことです。

ローズ:どんなものを作り出すのですか?

コールハース:創造を生み出す刺激です。

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