02-16-15

芸術係数 札幌 「『関係性の美学』を読む ―なぜ参加・コミュニケーション・相互性はアートの問題なのか?」(全4回)

 
IMG_1993_540
 

美術館の展覧会でもアート・プロジェクトやイベントでも、観客の参加や観客との相互作用を取り込んだ作品や展覧会が数多く見られるようになりました。美術展を含む文化事業の採算性や数値的的評価が重視されるようになっている昨今、こうした作品が増えている理由はおそらく、それが好評を博しているためではないかと思いますし(統計的なデータを集めているわけではありませんが、少なくとも主催者側はそう考えていると思われます)、キュレーターにとってもプロジェクトの構成上便利なツールになっているからでしょう。一方でこのような作品には、アートとしての「質」に対して多くの批判が向けられてもいます。この評価の違いは社会的な立場の違いを(前者は主にキュレーターを含む事業主体、後者は主に批評家やアカデミシャン)反映するものでもあります。さて、両者は評価こそ正反対ですが、どちらも「観客の参加や観客との相互作用を取り込んだ作品」が評価され数も増加している現象を既成事実としてのみ捉え、現象そのものについて説得的な説明や検証をほとんどしていないという点で共通しています。言うまでもありませんが、「タイ料理を作って観客にふるまうこと」、「本やおもちゃを交換すること」、「展覧会に行って福引きをしてお土産をもらって帰ること」、「焼き芋を移動販売すること」などが、そのままコンテンポラリー・アートとして認められるはずはありません。キッチンのインスタレーションの見事さとか、ものを交換する人の所作のオリジナリティとか、景品のディスプレイの美しさとか、焼き芋の焼き加減と車のデコレーションの技巧そのものがそのまま評価の対象になるわけではないのです(評価の構成要素ではあるかも知れませんが)。こうした現象を成立させている固有の枠組みについて具体的に示されることがなければ、観客はアート・プロジェクトからただ楽しい経験を持ち帰るだけで満足してしまうのは当然でしょう。たとえ何かしらの疑問を抱いたとしても、自分たちが経験したことについて考えるための手がかりが何も与えられていなければ、「アートしてる」というような耳ざわりのよいキャッチコピーに誘導されるままに、「それでいいんだ」となるだけでしょう。それでいいわけがないんです。というわけで、こうした現象の源流と目されている(人によっては元凶と見なすかもしれませんが)ニコラ・ブリオーの著書「関係性の美学」を手がかりに、「なぜ参加・コミュニケーション・相互性はアートの問題なのか?」についてお話ししたいと思います。
「関係性の美学」は非常に癖のある文体で書かれており、また英訳には誤訳や解釈上の問題も多いため、現在出版に向けて進行中の日本語訳を反映した内容は、「関係性の美学」について分かったつもりになっている人にとっても(そう人ならなおのこと)得るものは大きいと思います。また四回の講義は基本的に「関係性の美学」の内容に添うものですが、補講では参加者の方の質問に答えたり、「関係性の美学」以前以後のブリオーの活動について補足したりするつもりです。皆様のご参加をお待ちしています。

辻憲行

=======

講義に関連して「参加型アート」について少しコメントします。昨日ツイートしたものをまとめました。

「参加型アート」といえば一般的には観客が能動的・自発的に制作プロセスに関わり、共同作業を経て何かを提示するものとして理解されているように思います。こうした理解に基づいて、「参加型アート」は作品よりもプロセスを重視する、見るものが何もない、だから批評の対象にならない、として批判されます。

このような「参加型アート」はワークショップ・モデルと呼び得るものですが、「関係性の美学」ではそれとは異なる「参加」の様態がいくつか紹介されています。本の中では「待ち合わせ」「連絡」「出会い」などと触知的に名付けられているものですが、そこで具体例として挙げられている作品は、観客が能動的に関わるものではなく、むしろアーティストが配置したオブジェに誘われて作品に巻き込まれているかのようです。そして「関係性の美学」ではどちらかというと後者の「参加」に重きが置かれているように思います。

つまり「参加」には観客のコミットメントを伴う能動的・自発的な強い参加と、オブジェ誘導されて行動する弱い参加の二種類があると考えられるわけです。もちろん能動的・自発的な参加それ自体が評価の対象になる訳ではないのと同様に、オブジェに誘導される参加もそれ自体で祝福されるべきものではありませんが。

最後に一言付け加えますが、リレーショナル・アートを非物質性を志向し、作品や作家の存在を解体しようとしていると見なすのは、少なくともブリオー自身の主張と紹介されている具体例の理解としては明確に誤りです。

詳細は講義にて。

=======

講義の補足情報として「関係性の美学」の構成についてツイートします。参加の検討材料になれば。まず「関係性の美学」は序文+六章立ての構成になっています。各章ごとの内容を大まかに書くと: 

第一章 関係的な形式 関係性の美学は何を対象とするのか、その対象には何が含まれるのか
第二章 1990年代のアート リレーショナル・アーティストは関係的な形式をどのように操作し、作品化するのか(リレーショナル・アートの作用モードの分類)
第三章 交換の時空間 リレーショナル・アートの社会的・歴史的位置付けについて
第四章 共存と可用性 作家論(フェリックス・ゴンザレス=トレス論)
第五章 関係性のスクリーン アートとテクノロジーおよびメディウム=メディアとの関係性について
第六章 形式の政治に向けて
前半 関係性の美学の社会(工学)的、政治的応用可能性について
後半 物象化の技巧としてのではなく、(異質発生的な)主体化作用としてのアート(ガタリの主体化論に基づく)

講義では序文から第三章までを中心にテーマに沿って話します。
おおざっぱに分けると序文から三章までが基礎編で第四章以降が応用編という感じですね。
第四章以降については一応ざっと触れようと思っています。あるいは補講で特に質問があれば答えます。

=======

先日の台北ビエンナーレでもキュレーターを務めたニコラ・ブリオーの『関係性の美学』から、札幌の新しい流れを読み解くイベントを開催します!

  昨夏開催された札幌国際芸術祭2014では、市民参加プロジェクト型の作品、プログラムが特に注目され、アーティストや参加者の達成感は並々ならぬものであったと言えます。同時期には、札幌市により「アートしてる」という標語のプロモートが行われるなど、「参加」「実施」「楽しさ」ということに着目されています。一方で、そうした関与自体が、「それがなぜアートなのか」という事を証明してくれるわけではありません。そうしたプロジェクトがアートの枠組みの中で実施されるのはなぜなのか。なぜ「関係」はアートから眼差しを向けられたのか。その源流を「リレーショナル・アート」を提唱したフランス人キュレーター、ニコラ・ブリオーの著作『関係性の美学』(1998年刊)を通じて探ります。プロジェクトに参加したひとりひとりが、「私の経験が、どのようにアートでありえるのか」を考える集中講義。講師にはキュレーター、翻訳者の辻憲行氏を迎え開催します。

■日程:2015年3月27日(金)〜3月29日(日)
■講師:辻憲行(「芸術係数」主宰、キュレーター、翻訳者)
■会場:さっぽろ天神山アートスタジオ 交流スタジオC

http://tenjinyamastudio.jp/

■企画:大下裕司
■会費(資料代) 各回1,500円/学割1,000円
(どれか1回だけの参加でも、全講義参加もどちらも大歓迎!)

<予約、参加方法について>
・メールでのご予約が可能です。
タイトルを【芸術係数予約】として頂き、本文に参加者のお名前、ご連絡先(電話番号)、参加講義(①〜④)を明記のうえ、 horkeu@gmail.com にご送信下さい。ご予約完了の旨、追って返信致します。

・こちらのイベント欄でもご予約を受け付けます。参加したい講義の番号と共にその旨ご記入下さい。

■実施スケジュール
3/27(金)
19:00〜20:30(90分)講義①テーマ: 変化する「アート」

3/28(土)
10:00〜11:30(90分)講義②テーマ:1990年代のアート
14:00〜15:30(90分)講義③テーマ:アーティストは何を見せ、私たちは何を見るのか
16:30〜 補講 …※講義参加者向け

3/29(日)
10:00〜11:30(90分)講義④テーマ:アートの価値

※各回30名程度

■アクセス
・地下鉄をご利用の場合
札幌市営地下鉄南北線:「澄川駅」西出口または北出口より徒歩11分/「南平岸駅」西出口より徒歩14分

・バスをご利用の場合
じょうてつバス[環56]:「平岸1条16丁目」下車、徒歩8分

・道外から飛行機でお越しの場合
-新千歳空港から空港連絡バス[円山バスターミナル行き]に乗車し、「地下鉄澄川駅前」にて下車、施設まで徒歩11分。(計約70分)
-新千歳空港からJRに乗車し「札幌駅」にて下車、地下鉄南北線「さっぽろ駅」より乗車し「澄川駅」にて下車、施設まで徒歩11分。(計約70分)
※施設専用の駐車場はありません。

 
tenjin-map-2015

 

 
====
■講師
辻憲行(つじ・のりゆき)

 1970年生まれ。キュレーター/翻訳。山口大学大学院人文科学研究科美学美術史専攻修了。1998年から2006年まで秋吉台国際芸術村(山口県)にてチーフ・キュレーターとしてレジデンス、展覧会、WS、セミナーなどの企画・運営を行う。2008年から2010年まで東京都写真美術館学芸員。主な企画展(共同企画も含む)は、「アート・イン・ザ・ホーム」(2001)、「チャンネル0」(2004)、「トランスフォーマー」(2005)、第1回/第2回恵比寿映像祭(2009/2010)、藤城嘘個展「キャラクトロニカ」(2013)、「ア・ワールド・ピクチュア」展(2013)。芸術係数主宰。

====
■『関係性の美学』
(ニコラ・ブリオー著、1998年フランスにて刊)について

 フランス人キュレーターで批評家のニコラ・ブリオーが、当時美術批評やアカデミックな世界では無視されていた、「関係性」の探求を主題にする同時代のアーティストや作品の理論的背景を考察することを第一の目的としてまとめた論考集である。本書は2002年の英語版の刊行後、中国語や韓国語含んで現在までに12カ国語に翻訳されており、幅広い読者を獲得することとなっている。

「関係性の美学」は最初に公にされてから既に20年が経過するコンセプトではある。しかし2000年代広範に入ってリクリット・ティラバーニャやピエール・ユイグ、ドミニク・ゴンザレス・フォレステルらが世界的に評価を高め、後継世代とも言える、ティノ・セーガルやマーティン・クリード、スラシ・クソンウォンらが注目を集めるなど、その後も影響力を維持していると言えるだろう。

             このエントリーをはてなブックマークに追加

08-27-12

芸術係数読書会:ニコラ・ブリオー「オルターモダン」を読む

Nicolas Bourriaudの「Altermodern」の読書会のお知らせです。

今回テキストに選んだ「Altermodern」はテート・トリエンナーレ2009として開催された展覧会のタイトルであり、同展カタログに巻頭論文として掲載された論考の題名でもあり、またブリオーが提起する2010年代以降の来るべき時代状況の名前でもあります。

ブリオーは「関係性の美学」で後期ポストモダンの時代における芸術表現について論じましたが、2009年の「Altermodern」展の開催時点にはすでにポストモダンも終わり、私たちの生きる世界は新しい時代状況を反映したものになりつつあると考えています。

ブリオーはそれを「Altermodern=別の近代」と呼びます。彼にとって来るべき時代は、近代に生み出された様々な概念装置が新しい形で実装/実践されていく時代なのでしょう。しかしそれは、近代―ポスト近代の流れのように直線的に進行する時間軸での出来事ではなく、まるで別の時間軸で生起するもう一つの世界であるかのようです。

読書会ではテクストの改題とともに、展覧会に出品されたワリード・ベシュティ、マイク・ネルソン、リンゼイ・シアーズ、サイモン・スターリング、パスカル・マルティン・タイユー、タシタ・ディーン、スボード・グプタらの作品をスライドで紹介しつつ、具体的に検討していきたいと思います。こちらで翻訳したテキストを使って進行いたしますので、英語力はそれほど必要ではありません。

お申し込みはこちらから。

*テキストが掲載されているオルターモダン展カタログは絶版のためAmazonなどでプレミア価格で販売されています。読書会に使用するテキストはこちらで準備いたしますので、購入の必要はありません。もし定価で売っていたらそれは幸運なので買っておくといいですよ。

今回は特に参考図書はありませんが、下記リンク先について目を通しておいていただければ参考になるかと思います。

芸術係数:「オルターモダン」

===
日時:2012年9月15日(土)18:00-21:30
場所:千早地域文化創造館
参加費:学生 500円/一般 1,000円
郵便番号: 171-0044
住  所: 東京都豊島区千早2-35-12
電話番号: 03-3974-1335
アクセス:
地下鉄有楽町線・副都心線 千川駅下車 3番出口 徒歩約7分
国際興業バス「要町3丁目」バス停下車 徒歩約7分


大きな地図で見る

             このエントリーをはてなブックマークに追加

08-22-12

リーアム・ギリック:インタビュー(2009年ヴェネツィア・ビエンナーレ ドイツ館のインスタレーションについて)

“Video-Interview: “Liam Gillick””に日本語字幕を付けました。
翻訳は辻憲行 (twitterID=nori_1999)
芸術係数(http://gjks.org)
元の動画はこちら

リーアム・ギリックは2009年のヴェネツィア・ビエンナーレでドイツ代表としてジャルディーニのドイツ館でインスタレーションを発表しました。このインタビューでは特にその入り口部分のプランについて語っています。日常空間としてのシステム・キッチン(ウィーンの女性建築家マーガレット・シュッテの「フランクフルト・キッチン」のデザインに基づいている)を模したインスタレーションを展開させることで、ビエンナーレそのものの歴史とドイツの国家の歴史が重くのしかかるドイツ館の空間の意味を脱構築することがギリックのインスタレーションの狙いでした。

展示風景はこちら

〔字幕〕
展示の最初のパートはまだお見せできないのですが…
私が「虫除けブラインド」と呼んでいるプラスチック製のすだれです。
それがエントランスに設置されます。

このドイツ館で作品を見せるにあたって私が考えていたのは、
どうやってこの建物に抵抗することができるかということでした。
なぜなら…誰もがこの建物の固有の歴史を知っているから。
しかし私自身にとっての問題の一つは、ここが教会に似ていることでした。
それは二重の問題でした。
一つはドイツという国家がたどった歴史、もう一つは建物が教会を思わせるという
形式上の問題。
それは私に重くのしかかっていました。
それを克服するため、日頃から見慣れたプラスチック製のブラインド…
食堂やパン屋でよく見かけるようなブラインドを使おうと思ったんだ。
そして建物入り口の荘厳さや深淵さを減らそうと考えました。
言葉を使うことなく、日常生活の場所の雰囲気を取り入れよう
と考えたんだ。
それに…自分がまだ幼い頃、夏の季節には同じようなものを台所の
入り口に掛けていたんだ。
だからプラスティックのブラインドは展覧会のサインになる。
ここから先は台所のような日常的な雰囲気の場所だよ、というサインにね。

             このエントリーをはてなブックマークに追加

07-29-12

芸術係数読書会:ニコラ・ブリオー「関係性の美学」を読む

Nicolas Bourriaudの「Relational Aesthetics」の読書会のお知らせです。

今回はテクストそのものを読み進めるのではなく、「Relational Aesthetics」の中で取り上げられている数多くのアーティストや作品/プロジェクトの画像や動画を紹介し、解説します。

1998年に刊行された「関係性の美学」は、フランス人キュレーターで批評家でもあるニコラ・ブリオーが、当時美術批評やアカデミックな研究において無視されていた同時代(主に1990年代のヨーロッパ)のアーティストや作品を言説化し、プロモートするために編まれた論文集です。

収められた各論考は、複数の批評誌にばらばらな時期に掲載されたもので、理論的枠組みとしての「関係性の美学」は一貫性を欠いた、曖昧なものにとどまっています。にもかかわらず、90年代以降のアートシーン含めた社会状況を受け、同書の提起した「リレーショナル・アート」や「関係性の美学」は90年代を代表するアートのキーワードとして広範な影響力を持ちました。

ブリオーの一義的な目的は90年代美術の言説化にありましたが、「関係性の美学」というコンセプトはその後2000年代以降にも影響力を維持しています。リクリット・ティラバーニャやピエール・ユイグ、ドミニク・ゴンザレス・フォレステルらが世界的に評価を高める一方、ブリオーが同書で取り上げていない「リレーショナル・アート」の後継世代とも言える、ティノ・セーガルやマーティン・クリードが注目を集めていることからもそれは明らかでしょう。

「関係性の美学」はブリオーがキュレーションした数多くの展覧会の実践を通じて書かれたものなので、全編を通じて数多くの作品が紹介されています。が、本書には図版が添えられておらず、ブリオーによる作品記述もあいまいで正確さを欠いているため、「リレーショナル・アート」や「関係性の美学」の具体的イメージをつかみずらくなっています。

読書会では、それらの作品をスライドなどで紹介しながら解説します。「参加型」作品や「コミュニティ・アート」の範疇には収まりきらない「関係性の美学」の可能性を知るいい機会ではないでしょうか。

今回は、スライドショーで画像/映像を見ながらの会になりますので、気軽に参加していただければと思っています。

お申し込みはこちらから。

なお、芸術系数の読書会ではFacebookに読書会ごとのグループを作ってそちらでテキストや参考資料などの共有を行なっていますので、Fecebookアカウントをまだお持ちでない方は取得していただいた上でグループへの登録をお勧めします。

===
日時:2012年8月18日(土)18:30-21:30
場所:千早地域文化創造館
参加費:学生 500円/一般 1,000円
定員:
郵便番号: 171-0044
住  所: 東京都豊島区千早2-35-12
電話番号: 03-3974-1335
アクセス:
地下鉄有楽町線・副都心線 千川駅下車 3番出口 徒歩約7分
国際興業バス「要町3丁目」バス停下車 徒歩約7分


大きな地図で見る

             このエントリーをはてなブックマークに追加

07-01-12

芸術係数読書会:クレイグ・オーウェンス「作品からフレームへ、あるいは、「作者の死」後、生き残るものはあるか?」を読む 第2回

Craig Owensの「From Work to Frame, or Is There Life After “The Death of the Author”?」の読書会のお知らせです。

「作品からフレームへ、あるいは、「作者の死」後、生き残るものはあるか?」は、1960年代後半から70年代にかけて制作され、発表された芸術作品(主にマルセル・ブロータース、ダニエル・ビュレンヌ、マイケル・アッシャー、ハンス・ハーケ、ルイーズ・ローラーなど)や論考(マーサ・ロスラー、マリー・ケリー、アラン・セクラなど)に見られるある重要な変化に基づいて、80年代以降に現れたアプロプリエーショニズムとして知られる一群の作家たちの仕事についての考察です。

この論考でオーウェンスは、1970年代以降のアート(つまりポストモダン・アート)の基本的条件の一つが「作者の死」であると考えています。しかし同時に、バルトによる「作者の死」を埋める二つの候補者(「読者」と「言語」)の早急な提案は不十分であるとしています。オーウェンスは「作者の死」によって生まれた空席へのアプローチについて、「作者とは何か?」でのフーコーの主張に同意します。(「私たちは、作者が消えた後に残された空白を検証しなければならない。私たちはその裂け目と断層、そして新しい境界線を注意深く検証することによって、その場所を再び埋めなければならない。私たちは、この消滅から生まれた機能の動勢を窺わねばならないのです。」)その上で、バルトとは別の角度からのアプローチの検討に入ります。

前回は論考中に名前を挙げられたアーティストたちの作品とそのコンセプトを具体的に紹介しながら、オーウェンスによる1970年代から1980年代までのアートシーンの見取り図が描かれました。

次回は、上述の「別のアプローチ」について、さらに何人かのアーティストの実践を参照しながら考察を進めます。

〔冒頭部分の訳を公開します:PDF形式

お申し込みはこちらから。

なお、芸術系数の読書会ではFacebookに読書会ごとのグループを作ってそちらでテキストや参考資料などの共有を行なっていますので、Fecebookアカウントをまだお持ちでない方は取得していただいた上でグループへの登録をお勧めします。

<参考図書>
ロラン・バルト「作者の死」(『物語の構造分析』所収)

<関心があれば>
クレイグ・オーウェンス「他者の言説」(『反美学』所収)
ミシェル・フーコー「作者とは何か?」(フーコー・コレクション〈2〉文学・侵犯 (ちくま学芸文庫)所収 )

===
日時:2012年7月29日(日)13:30-17:00
場所:千早地域文化創造館
参加費:学生 500円/一般 1,000円
定員:
郵便番号: 171-0044
住  所: 東京都豊島区千早2-35-12
電話番号: 03-3974-1335
アクセス:
地下鉄有楽町線・副都心線 千川駅下車 3番出口 徒歩約7分
国際興業バス「要町3丁目」バス停下車 徒歩約7分


大きな地図で見る

             このエントリーをはてなブックマークに追加

06-18-12

芸術係数読書会:ボリス・グロイス「アートとお金」を読む 第2回

Boris Groysの「Art and Money」の読書会のお知らせです。

「Art and Money」は、アートと金の関係を展覧会における金(支援)と作品の関係について考察します。
伝統的なアート場合は展覧会に出品されずとも作品は存在するのに対し、現代美術に特徴的なインスタレーション形式の作品は、展覧会に出品し、適切な支援が得られなければ、作品として存在することもできないということをグロイスは強調します。そしてそのような状況を“展示=制作”として定式化し、その端緒はデュシャンにあると指摘します。
グロイスはここからスタートして、現代アート(とりわけインスタレーション作品)を支える存在とは何かについて、とくに現代のネットを中心とするイメージ生産/流通技術との関わりから、考察を進めます。

前回は、1)経済的支援が現代美術(特にインスタレーション作品)に与える本当の影響とは、2)現代美術を支援するのは誰か?、3)現代美術(先進的な芸術表現)の可能性とは何か、の3つのトピックを通して、テクノロジーの進展によって前衛的なアートの支持基盤の没落と、グリーンバーグが提起しながら十分に探求できなかったそれを乗り越える道が示されました。

今回の読書会ではグリーンバーグの提起した可能性をより具体的に検討する後半部分を取り上げます。

読書会は翻訳をもとに行いますので、特に英語力は必要ありません。

前回の内容についても簡単に紹介しますので、前回不参加の方でも流れはつかむことができると思います。

〔冒頭部分の訳を公開します:PDF形式

〔前半部分の概要です。段落ごとにざっくり訳しています:PDF形式

お申し込みはこちらから。

なお、芸術系数の読書会ではFacebookに読書会ごとのグループを作ってそちらでテキストや参考資料などの共有を行なっていますので、Fecebookアカウントをまだお持ちでない方は取得していただいた上でグループへの登録をお勧めします。

テキストはこちらから入手できます。

<参考図書>
クレメント・グリーンバーグ「アヴァンギャルドとキッチュ」(『グリーンバーグ批評選集』所収)

<関心があれば>
ボリス・グロイス「全体芸術様式スターリン」
ヴァルター・ベンヤミン「複製技術時代の芸術」
Clement Greenberg, The Plight of Culture, in Art and Culture

===
日時:2012年7月14日(土)13:30-17:00
場所:千早地域文化創造館
参加費:学生 500円/一般 1,000円
定員:
郵便番号: 171-0044
住  所: 東京都豊島区千早2-35-12
電話番号: 03-3974-1335
アクセス:
地下鉄有楽町線・副都心線 千川駅下車 3番出口 徒歩約7分
国際興業バス「要町3丁目」バス停下車 徒歩約7分

大きな地図で見る

             このエントリーをはてなブックマークに追加

05-21-12

芸術係数読書会:クレイグ・オーウェンス「作品からフレームへ、あるいは、「作者の死」後、生き残るものはあるか?」を読む

Craig Owensの「From Work to Frame, or Is There Life After “The Death of the Author”?」の読書会のお知らせです。

「作品からフレームへ、あるいは、「作者の死」後、生き残るものはあるか?」は、1960年代後半から70年代にかけて制作され、発表された芸術作品(主にマルセル・ブロータース、ダニエル・ビュレンヌ、マイケル・アッシャー、ハンス・ハーケlルイーズ・ローラーなど)や論考(マーサ・ロスラー、マリー・ケリー、アラン・セクラなど)に見られるある重要な変化に基づいて、80年代以降に現れたアプロプリエーショニズムとして知られる一群の作家たちの仕事についての考察です。

その変化はタイトルにもあるように、ロラン・バルトが1968年に発表した「作者の死」で言及した、作者と作品の意味や価値との関係の変化、作品の意味の生産における作者の地位の相対的な低下を指しています。そうした変化は80年代後半から90年代のシミュレーショニズムや関係性の美学を経て現在のアートシーンにも通じる変化です。

読書会は、3回に分けて進めます。テキスト中に多数のアーティストが言及されているので、初回はアーティストの紹介を中心に作品写真のスライドをお見せしながら進めたいと思います。

〔冒頭部分の訳を公開します:PDF形式

お申し込みはこちらから。

なお、芸術系数の読書会ではFacebookに読書会ごとのグループを作ってそちらでテキストや参考資料などの共有を行なっていますので、Fecebookアカウントをまだお持ちでない方は取得していただいた上でグループへの登録をお勧めします。

<参考図書>
ロラン・バルト「作者の死」(『物語の構造分析』所収)

<関心があれば>
クレイグ・オーウェンス「他者の言説」(『反美学』所収)
ミシェル・フーコー「作者とは何か?」(フーコー・コレクション〈2〉文学・侵犯 (ちくま学芸文庫)所収 )

===
日時:2012年6月30日(土)13:30-17:00
場所:千早地域文化創造館
参加費:学生 500円/一般 1,000円
定員:
郵便番号: 171-0044
住  所: 東京都豊島区千早2-35-12
電話番号: 03-3974-1335
アクセス:
地下鉄有楽町線・副都心線 千川駅下車 3番出口 徒歩約7分
国際興業バス「要町3丁目」バス停下車 徒歩約7分


大きな地図で見る

             このエントリーをはてなブックマークに追加

05-21-12

芸術係数読書会:ボリス・グロイス「アートとお金」を読む

Boris Groysの「Art and Money」の読書会のお知らせです。

「Art and Money」は、アートと金の関係を展覧会における金(支援)と作品の関係について考察します。
伝統的なアート場合は展覧会に出品されずとも作品は存在するのに対し、現代美術に特徴的なインスタレーション形式の作品は、展覧会に出品し、適切な支援が得られなければ、作品として存在することもできないということをグロイスは強調します。そしてそのような状況を“展示=制作”として定式化し、その端緒はデュシャンにあると指摘します。
グロイスはここからスタートして、現代アート(とりわけインスタレーション作品)を支える存在とは何かについて、とくに現代のネットを中心とするイメージ生産/流通技術との関わりから、考察を進めます。

一般にわかりにくいとされるインスタレーション作品の社会的な存在意義について、ベンヤミンやグリーンバーグの言説を鮮やかに読み換えつつ明快に説いていて、広くアートに関心のある方には一読の価値がある論考だと思います。関係性の美学に興味がある方にもおすすめです。

〔冒頭部分の訳を公開します:PDF形式

読書会は2回に分けて行います。参加者と一緒に英文を読み進めながら、内容の解説をしていきます。

お申し込みはこちらから。

なお、芸術系数の読書会ではFacebookに読書会ごとのグループを作ってそちらでテキストや参考資料などの共有を行なっていますので、Fecebookアカウントをまだお持ちでない方は取得していただいた上でグループへの登録をお勧めします。

テキストはこちらから入手できます。

<参考図書>
クレメント・グリーンバーグ「アヴァンギャルドとキッチュ」(『グリーンバーグ批評選集』所収)

<関心があれば>
ボリス・グロイス「全体芸術様式スターリン」
ヴァルター・ベンヤミン「複製技術時代の芸術」
Clement Greenberg, The Plight of Culture, in Art and Culture

===
日時:2012年6月16日(土)13:30-17:00
場所:千早地域文化創造館
参加費:学生 500円/一般 1,000円
定員:
郵便番号: 171-0044
住  所: 東京都豊島区千早2-35-12
電話番号: 03-3974-1335
アクセス:
地下鉄有楽町線・副都心線 千川駅下車 3番出口 徒歩約7分
国際興業バス「要町3丁目」バス停下車 徒歩約7分

大きな地図で見る

             このエントリーをはてなブックマークに追加

02-08-12

リクリット・ティラバーニャ「無題(Free/Still)」1992/1995/2007/2011-MoMA

“Rirkrit Tiravanija. Untitled (Free/Still). 1992/1995/2007/2011-. MoMA”に日本語字幕を付けました。
1992年に発表されたリクリットの代名詞であり、『関係性の美学』を代表するインスタレーション作品を、MoMAの空間に再構成した展覧会です。

翻訳は辻憲行 (twitterID=nori_1999)
芸術係数(http://gjks.org)
元の動画はこちら

   

             このエントリーをはてなブックマークに追加

12-10-11

「マルセル・デュシャン インタビュー02」に日本語字幕を付けてみました。

“interview with marcel duchamps 02″に日本語字幕を付けてみました。
「マルセル・デュシャン インタビュー01」はこちら

翻訳は辻憲行 (twitterID=nori_1999)
芸術係数(http://gjks.org)
元の動画はこちら

             このエントリーをはてなブックマークに追加

 
クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
この blog は クリエイティブ・コモンズ 表示 - 非営利 2.1 日本 ライセンスの下に提供されています。