04-25-10

第3回芸術係数ダイアローグ 藤村龍至「グーグル的建築家像をめざして-「批判的工学主義」の可能性」(『思想地図vol.3』所収)を読む

<このイベントは終了いたしました。>

芸術係数ダイアローグは、毎回一つのテキストを選んで、作者と読者/鑑賞者との対話の機会をテキストを介して提供する企画です。2010年3月から一年間、10回にわたって10人の講師を招いて開催する予定です。そのような対話の連続を通じて、現在のアートを巡る言葉のありようを見出したいと思っています。

対話のための共通の基盤として、参加する皆さまには基本的に事前にテーマとなるテキストを読んでいただくことを参加の条件とさせていただきます。

第3回は、「批判的工学主義」、「超線形設計プロセス論」で知られ、最近では共著『地域社会圏モデル』(INAX出版)所収の「都市2.0モデルに向けて」でそのコンセプトを都市設計理論にも発展させている気鋭の建築家、藤村龍至氏をお迎えします。
今回テーマとして取り上げるテキストは思想地図vol.3に所収の藤村氏のコンセプトの核となる思考を含むものです。

講師プロフィール:
藤村龍至
1976年東京生まれ。藤村龍至建築設計事務所代表取締役。東洋大学講師、東京理科大学非常勤講師。TEAM ROUNDABOUT共同主宰。「批判的工学主義」「超線形設計プロセス論」を提唱。主要作品:「UTSUWA」(2005)、「BUILDING K」(2008)。主な著書に『1995年以後』(2009/編著)、『地域社会圏モデル』(2010/共著)がある。最近ではWEBマガジン『ART and ARCHITECTURE REVIEW』創刊や展覧会のキュレーションなど活動の幅を広げている。

第3回芸術係数ダイアローグ

「グーグル的建築家像をめざして-「批判的工学主義」の可能性」(『思想地図vol.3』所収)を読む

講師=藤村龍至(建築家)
テキスト=「グーグル的建築家像をめざして-「批判的工学主義」の可能性」(『思想地図vol.3』所収)
日時=2010年5月22日(土)19:00より
入場料=一般1,000円 学生=500円
定員=30名
会場=中央区ハイテクセンター(京華スクエア2階)
〒104-0032
東京都中央区八丁堀三丁目17番9号 京華スクエア2階
東京メトロ日比谷線 八丁堀駅 A3出口 徒歩1分
JR京葉線 八丁堀駅 A3出口 徒歩1分

*なお、このイベントでは、参加者の皆さんが上記テキストを読了済みという前提で進行されますので、参加を申込まれた方は事前に『思想地図 vol.3』を入手の上、ご一読の上、ご来場下さい。よろしくお願い申し上げます。

*こちらも合わせてお読みいただければ、議論をより楽しむことが出来ると思いますので、お勧めいたします。

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04-24-10

『美と崇高のリ-クロッシング』の事を少し、覚書もかねて

開催からだいぶたってしまいましたが、第二回芸術係数ダイアローグ講師の千葉雅也さんが参加した『美と崇高のリ-クロッシング――芸術理論の再起動へ向けて』の事を少し書いてみます。
このイベントは六本木アートナイトの一環で開催されたもので、3月27日の深夜(正確には3月28日の午前1時)から明け方4時までというディープな時間帯に開催されました。にもかかわらず、というか、それが故、会場はイベント目当ての人、森美術館に入れなかった人、行き場のないカップルなどいろいろなクラスタが交じり合う状況で、立見が出るほどの異様な熱気に包まれていました。

発表者は千葉雅也氏(哲学)、池田剛介氏(アーティスト)、加治屋健司氏(美術史)、星野太氏(美学)という面々。それぞれの簡単なバックグラウンドは池田氏のブログをご覧ください。

まずは加治屋氏から若干教科書的なグリーンバーグのお話。最後のほうに少し触れたグリーンバーグの批評における時間性については後半でもあまり触れられていなかったようなので、もう少し聞いてみたかったような気もしました。しかし加治屋氏の発表のハイライトはVOGUE誌(ハーパースバザー?ちょっとうろ覚えです)に掲載されたグリーンバーグの私邸のリビングの写真。インテリア雑誌に出てきそうな普通におしゃれな部屋にほとんど壁紙のように抽象表現主義の画家たちの絵画が使われていた。まさに「資本主義リアリズム」と言うべき光景でした。
続いて星野氏の発表。グリーンバーグに対抗して崇高と言う観点から抽象表現主義を評価しようとしたローゼンブラムの抽象的崇高概念の紹介から。しかし、その表象不可能性の表象としての崇高はカント以来の崇高概念の焼き直しにしか過ぎず、それに対しスミッソンやセラのピクチャレスク概念を導入することで、非カント的な崇高概念、そのときには言及されませんでしたが、かねてから星野さんが口にされていたロンギヌス的崇高も可能性を開きたいということ。
その後は池田剛介氏のターン。池田氏は崇高(=超越性)の否定神学的側面に対して性急にリアル(=モノ自体)みたいなものを対置させる二者択一的な道ではなく、その間に美(=造形性、可塑性)の可能性を見出そうと、つまり、象徴と現実の間の想像/創造の次元を復権させようということを言っているように理解しました。と書くとずいぶん普通なことのようにも読めてしまうので、もしかしたら僕の理解が間違っているのかもしれません。
最後は千葉さんがラスボス的なハイテンションで登場。まずは宮﨑裕助氏の『判断と崇高』からパラサブライムという超越性をズラすコンセプトを引き出しながら、さらにその否定性をズラして造形性の問題に接続する。千葉氏の発表は徹底して崇高の縦方向の運動を斜め横方向にズラす、つまり「盛りズラす」運動への読み替えに基づいていた。その延長に「パラマウンド」のコンセプトがある。もう一つ、イメージ=表象(representation)の時限を考えるときに常に問題になってきていた現前/再現前の問題のズラしも印象に残った。これはジャン・リュック・ナンシーの解釈に基づくものだが、re-presentationのre-を「再」ではなく「強調」として捉えるというもの。
それぞれの発表の後は休憩を挟んで共同討議へ。討議の場ではすでに午前3時に近かったこともあって完全にはコンテキストを追えていなかったので印象に残った発言などを自分のツイートから抜き出すと、「星野:representationを再現前という意味で捉えるようになったのは20c、複製技術が登場してから。それまではrepresentationとpresentationの間に違いはなかった。」、「加治屋:ローゼンブラムの批評以降のアメリカ美術における崇高概念の扱われ方はマイナー。オクトーバーの創立メンバーによる「現代の美術における美と崇高」とか80年代にクーンズに言及したスティッキーサブライムとか少ない事例はある。」、「星野:生成という事を強調するならmetamorphosとtransformationは区別すべき。上にいくmetaではなく横にも動くtransを重視するべき」、「千葉:パラマウンドという概念は多幸症的なもので生が切り詰められるのではなく分身を生み出すような盛り上がりで、n次創作につながる。」など。
このイベントについてはこちらに@nnnnnnnnnnnさんによる Togetterのまとめがあります。このまとめにはイベントに先行する岡崎乾二郎氏と宮﨑裕助氏との間の美と崇高をめぐる議論も含まれていますので、ぜひ読んでみてください。 descresverssiluc.wordpress.com

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