04-24-12

芸術係数読書会:「What is a Photograph?」を読む 第2回

 
Margaret Iversen の「What is a Photograph?」を読む勉強会の第2回です。今回はテキストの後半部分を読み進めます。

「What is a Photograph?」はロラン・バルトの「明るい部屋」をジャック・ラカンの「精神分析の四基本概念」の注釈として読解するという論文です。著者はエセックス大学教授のマーガレット・アイバーセン。ラカンやフロイトの精神分析の諸概念の入門にも良いと思います。

バルトの「明るい部屋」は副題(写真についての覚え書き)にもあるように写真論として書かれたものですが、その写真論は徹底して鑑賞者の立場からの考察であり、写真を見ることについての物語になっています。バルトはバルト自身が特定の写真に抱く欲望を出発点として写真の本質を読み解こうと試みており、アイバーセンはそのようなバルトの考察の道筋が、「精神分析の四基本概念」の見る主体の構造分析を理解するのに役に立つと考えています。

「What is a Photograph?」は単に写真についての論考としてではなく、私たち鑑賞者と芸術作品をどのように見ているのか、について考える助けになると思います。

勉強会では私の訳を使って読み進めますので、それほど英語力は必要ありません。内容を理解することを重視して進行します。
今回は二回目ですが、前回分の訳と資料を配布いたしますので、ある程度キャッチアップできるとは思います。

対象テキストはMargaret Iversen, Beyond Pleasure: Freud, Lacan, Barthes (Refiguring Modernism)に収められています。

参加申し込みは予約フォームからお願いします。

*テキストや参考資料などはFacebookで共有していますので、参加ご希望の方はFacebookアカウントをご用意いただくことをおすすめします。

<参考図書>
ロラン・バルト「明るい部屋」

<関心があれば>
ジャック・ラカン「精神分析の四基本概念」
Rosalind Krauss, The Optical Unconscious

===
日時:2012年5月19日(土)13:30-17:00
場所:千早地域文化創造館
参加費:学生 500円/一般 1,000円
定員:
郵便番号: 171-0044
住  所: 東京都豊島区千早2-35-12
電話番号: 03-3974-1335
アクセス:
地下鉄有楽町線・副都心線 千川駅下車 3番出口 徒歩約7分
国際興業バス「要町3丁目」バス停下車 徒歩約7分


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04-24-12

エルンスト・ゴンブリッチ「『美術の物語』について」

“Ernst Gombrich (author) on Story of Art″に日本語字幕を付けました。
翻訳は辻憲行 (twitterID=nori_1999)
芸術係数(http://gjks.org)
元の動画はこちら

[字幕]
チャーリー・ローズ:エルンスト・ゴンブリッチ卿は世界で
最も有名な美術史家と言えるでしょう。
彼はロンドンで学び、今年で九十二歳です。
彼は「美術の物語」の作者です。
この本は美術の正史として、売り上げは百万部を突破し、
二十三の言語に翻訳されています。
この本は二十世紀後半の視覚文化の
礎ともなりました。
彼はクラシック音楽の愛好家でもあり、
長年にわたってロンドン大学とヴァール
ブルク研究所で教えました。
第二次大戦中はBBCのドイツ語放送を担当し、
一九四五年、ヒトラー死亡の第一報を
チャーチルに伝えました。
彼は、一九九五年にこの番組に出演しました。
今宵は彼を偲びながら、
その日の会話を振り返りましょう。

これは驚くべき書物です。
人々の賞賛の声は届いているでしょう。
どうしてこのような書物が
生まれたのでしょうか。

エルンスト・ゴンブリッチ:それは様々な出来事の偶然の繋がりが
生んだものだと言っていいでしょう。
それはこのように生まれたのです。

私はかつて、子供向けの世界史の
執筆を依頼されました。
その頃の私は若く、まだウィーンに
住んでいました。
私が書いた世界史の本はよく売れました。
そこで出版社から、子供向けの
美術史の本の執筆を打診されました。
私はその依頼を断りました。子供向けの
美術史など存在しないからです。
しかし彼らはあきらめませんでした。
最終的に、子供向けにはしないことで
執筆を了承しました。
そうしてこの本は形になったのです。
執筆中には戦争をはじめ様々な理由で
中断を余儀なくされましたが、
それにも関わらず、書き上げることが
できました。

ローズ:どうしてこれほどの評価を
得たのでしょうか。

ゴンブリッチ:それは、率直な書き方をするよう
努めたからではないでしょうか。
明白な事象については謎めいた書き方を
避けましたが、
議論が必要な事象については謎を残して
おきました。
それは明白に謎なのですから。

ローズ:間違っていたら訂正して下さい、たしか
あなたはこう言っていましたね、
実際に言ったというより、事実上そう
言ったとされているということですが、
美術の「物語」、ということに重要な
意味があると。

ゴンブリッチ:とてもいい点に気づいてくれましたね。
それは意図的なものです。
「物語」が意味するのは、単に
時系列に起きた出来事を、順番に並べた
年代記ではないということを意図しています。
つまり「流行の年代記」のようなもの
ではないということです。
イメージ形成の展開というのは、
人の手が介在する物語なのです。
それは、人類の企図とその達成の所産なのです。
ある目的の達成が停滞した場合には、
他の人がそれを引き継ぐのです。
ですから、物語には一貫性があるのです。
人々はそこに、筋道の通った出来事の
連なりを見いだすのです。

ローズ:確かに、読者はその点に魅力を
感じているのでしょう。
あなたは物語を展開させるための、
繋がりを生み出したわけです。

ゴンブリッチ:そうです、それが私がやろうとした
ことです。

ローズ:モダン・アートについてはどう
お考えですか?

ゴンブリッチ:それに関連して、モダン・アートは
興味深い問題です。
私の物語は、ある意味で、
世界を表現する際の、対立する二つの
問題や手法の、争いの物語なのです。
簡潔に言うと、知識に基づく表現と、
見ることに基づく表現との間の争いです。
私はエジプト美術を通じて、
エジプト人が目前の事物を超えて、彼ら
が知るものを見ていたと説明した。

この物語の行き着く先は印象派です。
印象派を生み出したのは、無垢な目
と呼ばれた原理です。
目に見える世界をそのまま描出する、
その原理が勝利したのです。
十九世紀末のことです。

その後で何が起きるのか、その問題に
答えることが、
二十世紀の美術史を書くということ
なのです。

さて質問はモダン・アートについてどう
考えるか、でしたね。
モダンアートは、物語の中断に
直面しています。
そしてこれまでとは全く違う解決法を
探しているのです。
私はこの本の中で、
この中断の理由の一つについて、次の
ように説明しました。
印象派を支えた原理は、やや単純すぎる
ものであって、
知っていることと知覚していることを
完全に分けることはできないのです。
そのため、アイディア全体が崩れさって
しまったのです。
その後のページで補足すべきだったの
かもしれませんが、
それには写真の発明も深く関わっている
のですが、
芸術家やイメージ制作者のための、
別の可能性の探求が、
今に至るまでずっと続いているのです。

ローズ:あなたは熱心なコレクターでは
ないようですね。

ゴンブリッチ:私はコレクターではないですね。

ローズ:なぜですか?

ゴンブリッチ:私にはそんな財産はないからですよ。

ローズ:大コレクターもはじめは小額の資金から
スタートしていますよ。

ゴンブリッチ:確かに。
私には所有欲がないのでしょう。
偉大な作品は、美術館やギャラリーで
見られれば満足なのです。
所有したいとは思いません。
どこにあるかわかっていれば
良いのです。

ローズ:美術館で見ればよいと。

ゴンブリッチ:その通り。

ローズ:でも版画は持っているでしょう?

ゴンブリッチ:私の父は版画のコレクターでした。
ですから私は多くの版画作品を譲り受けました。
その中には大変価値があるものも含まれます。

ローズ:ウィーン時代の話をしましょう。
あなたの母親は、マーラーとフロイトの
友人だったそうですね?

ゴンブリッチ:はい。
彼女はフロイトの顔見知りでした。
友人というのは言い過ぎですが…

ローズ:そうですか?
彼女は彼らについてなにか
言っていましたか?

ゴンブリッチ:いろんなことを言っていましたよ。
彼女はフロイトのことを今までで最高のユダヤ・ジョークの
語り手だと言っていました。

ローズ:マーラーについてはどうですか?

ゴンブリッチ:マーラーは神経質で気難しい人でした。
母はそのこともよくわかっていました。

ローズ:あなたの成長には音楽が重要な意味を
果たしたのでしょうか。

ゴンブリッチ:全くその通りです。
私の家族にとって、音楽はとても重要な
ものでした。

ローズ:あなたはロンドンで最初にヒトラーの
死を知った人物だったのですか?

ゴンブリッチ:ええ。当時私はそういったニュースを伝えて
いましたから…

ローズ:そのときの様子は?

ゴンブリッチ:その時は…
戦争の末期で、
それはドイツ軍の無線通信の一つでした。
私たちは重要な発表があるということで
待機していたのです。
それはヒトラーに関するものであること
は予想できていました。
私は経験のあるスタッフとして呼ばれて
いました。
私にはニュースをできるだけ早く伝える
ためのアイディアがありました。
あらかじめ何枚かのメモにこんな風に
書いておくのです。
ヒトラーが死んだ、ヒトラーが降伏する、など。
そして無線から「我々の総統が死去
…」と聞こえるやいなや、
正しいメモを指差しました。
情報は即座にチャーチルに伝えられ
ました。

ローズ:その時チャーチルは寝ていましたか、
何時頃だったのでしょうか?

ゴンブリッチ:寝てはいなかったと思いますよ、
あれは…

ローズ:ワーグナーの曲は演奏されたのですか?

ゴンブリッチ:そのとき演奏されたのはブルックナー
でした。ブルックナーの交響曲第七番第二楽章です。
その楽章は、ワーグナーの追悼のために
書かれたのです。
その時私は、その後に起きることの
予兆を感じ取りました。

ローズ:音楽家になろうと思ったことは?

ゴンブリッチ:いいえ、まったく。私には才能が
ありませんから。

ローズ:才能がない?

ゴンブリッチ:ええ、そう思いますよ。

ローズ:オックスフォードで教授職について
いらっしゃった?

ゴンブリッチ:はい、オックスフォードでも教授を
つとめました。

ローズ:「美術の物語」の出版後、何か変化が
ありましたか?

ゴンブリッチ:講演やゼミの依頼があちこちから来る
ようになりました。
アメリカにも何度も呼ばれましたし、
他の場所からも依頼がありました。

ローズ:ナイト爵に叙せられたのはいつですか?

ゴンブリッチ:一九七二年だったと思いますが…よく
覚えていません。

ローズ:あなたの好きな芸術家は?誰が…

ゴンブリッチ:好きな芸術家というのは思い
あたりません。
私は芸術家を格付けしません。
私は何人かの芸術家を大いに
賞賛します。
しかし、別の芸術家の作品を見る
ときにも、彼もまた素晴らしいと言うでしょう。
とはいえ、例えば私はベラスケスを
大いに賞賛しますし、
シャルダンにも賞賛を惜しみません。

芸術家とは、言ってみれば、
とても優れた技量でカンバスに絵具を
配置する人々のことです。
それは一つの奇跡なのです。

ローズ:ゴンブリッチ卿は、先週ロンドンで
亡くなりました。九十二歳でした。
それでは次回、またお会いしましょう。

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04-18-12

マイク・ケリー インタビュー3/4

“Mike Kelley / Interview 3 of 4″に日本語字幕を付けました。
翻訳は辻憲行 (twitterID=nori_1999)
芸術係数(http://gjks.org)
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[字幕]
アーティストとしての私の活動は初めから、
マテリアリストの宗教的儀式を形にする試みだった。
私に言わせれば、すべての芸術は
マテリアリストの儀式のようなものだ。

ぬいぐるみの作品を作り始めたのは、
80年代の消費文化に関する議論への
応答のつもりだった。

それは驚きだったよ。
ぬいぐるみ作品を観た観客がみんな、
児童虐待についての作品だと思ったと言うんだ。
そんな反応は全く予想してなかった。
観客は作品を児童虐待と結びつけて
理解しただけではなく、
それが、私自身への虐待行為だとも
感じたらしい。

そう言われた時私は、「それは面白い、
それをやりつづけてみなきゃね。
これからは私自身への虐待についての
作品を作り続けよう。」と答えたよ。

それに加えてこの作品は、
すべての人に対する虐待行為でもある。
つまりこれは共有された文化なんだ。

これは一つの仮説なんだ。
あらゆる欲求は、抑圧されたトラウマが
生み出している、というね。

私の作品は反作用のようなものなんだ。
まず何かを作り、それに反応する。
何を受け止めたのかはわからない。
私は拒絶しない。それを受け入れる。
それに付き合うんだよ。
それが私を導いてくれるんだ。

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04-15-12

マース・カニンガム「制作のプロセス」

“Merce Cunninghams Working Process″に日本語字幕を付けました。
翻訳は辻憲行 (twitterID=nori_1999)
芸術係数(http://gjks.org)
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[字幕]
ナレーション:残念ながら、マース・カニンガムは
ダンスの定義を変えてしまいました。
最初のモダンダンスの振付家である彼は、
音楽や物語との調和を無視することにしたのです。
そして純粋に身体の動きを構成することを目指しました。

カニンガムの作品は多くのアーティストを魅了し、
何人もの伝説的なアーティストたちとの
コラボレーションが生まれました。
その中には、ロバート・ラウシェンバーグ、
ジャスパー・ジョーンズ、
ジョン・ケージ、そして
デヴィッド・テュードアが含まれています。
カニンガムのコラボレーションの
ユニークなところは、
参加するアーティストたちが別々に
自分の作品を作り上げる点にあります。
例えばダンサーは作曲家の作る音楽に
合わせて踊るのではなく、
音楽とダンスは無関係に、ただ同時に
上演されるのです。
それはあまりなじみのない手法です。

インタビュアー:そのような手法では、ダンサーが音楽を
邪魔してしまうことになりませんか?

マース・カニンガム:いいえ。
今、通りの音が遮られていますか?
ちゃんと聞こえていますね。
私もあなたも、思い通りのことを
していますが、音は聞こえ続けます。
通りの音は、私たちと無関係な状態にあります。
私は作品の中に、そのような状況を
作ろうとしているのです。
ダンスとは無関係に、音楽が作られます。
しかし、それは同時に上演され、同時に
存在するのです。

インタビュアー:どんな風にダンスを振り付けて
いくのですか?

カニンガム:私はまず、一つのステップ、一つの動作
から始めます。
そしてそのステップの意味を理解し、次の動きに移ります。
その後、二つの動きを組み合わせ試しに踊ってみます。
動きを忘れないために。
私たちは、何事も言葉によって語られ
なければならない、という考えに慣らされています。
しかし、私にとっては動きが言葉の代わりになります。

インタビュアー:あなたの作品を観るにはダンスの知識が
必要かしら?

カニンガム:そんなことはないと思いますよ。
むしろどんな作品が演じられるのか、
全く知らない方がいいですよ。
どんな知識が必要かなんてことは
気に病む必要がありません。
観客が知識を持っていて、観た作品が
知識に沿うものでなかったら、
私たちは良い作品など作ることは
できません。それは間違っています。
私はつねづね、人間についてこう
考えています。人の考え方は変わる、と。
私たちは変えることができるのです。
これまで知っていたのとは違う
ものに心を開くことができるのです。

私たちは日々同じことの繰り返しを
強いられています。
だから私は、可能な限り色々なやり方を
試みているのです。

ナレーション:カニングハムがルールに縛られるのを
嫌っているのは明らかです。
だから、彼は常に新しいことに挑戦し
続けているのです。
このTV番組のためのダンスのように。

カニンガム:それは冒険でした。
TVは全く縁遠い視覚メディアでした。
カメラの電源の入れ方すら知らないんだ。
舞台上に、気に入らないヤツがいたら、彼を退場させ
なければなりません。
しかしカメラの前だったら、カメラを
動かすだけでいいのです。
彼らは視界から消えてしまいますから。

私にとっては、言葉より動きを使って
語る方が簡単なのです。
私は何らかの動きについて、言葉の助けなく思考することが
できます。
私はそこに意味を読み取ることが
できるのです。
そして、意味を紡ぐ別の動きをそこに
付け加えることができるのです。
そうやって私は生きてきたのです。

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04-11-12

レム・コールハース x チャーリー・ローズ(10/19/11)

“Charlie Rose – Rem Koolhaas (10/19/11)″に日本語字幕を付けました。
翻訳は辻憲行 (twitterID=nori_1999)
芸術係数(http://gjks.org)
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[字幕]
チャーリー・ローズ:ちょっと昔の話を聞いてみよう。
都市の何があなたを引きつけるのでしょうか。
その密度ですか、それとも多様性?あるいは…

レム・コールハース:私が都市に魅力を感じるのは、
私自身の経験に基づいています。
私はロッテルダムで生まれ育ちました。
そこは刺激的な都市でした。
その後独立し、熱帯の国インドネシアに
行きました。
そこはさらに刺激的な場所でした。
私にとって都市というのは、 
私の数多くの経験を根底から形成して
いるのです。

ローズ:あなたが手がけたプロジェクトの写真を
見てみましょう。
最初にご覧いただくのはコーネル大学の
ミルシュテイン・ホールです。

コールハース:これは私たちが取り組んでいる
プロジェクトの中の一つです。
これは、既存の建築物と比べて目立たない
デザインになっています。
最近の4、5年ほど、私は建築の本質を
追求することに注力しています。
だからこのプロジェクトでは、
建築物の形態よりもそのパフォーマンスを
重視しました。
この建物は極めて的確に、
三つの異なった要素をつなぐ役割を演じます。
それに関連して、この建物には大事な
役割が隠されているんです。
写真を見てください、
このプレートは、その下の隠れた空間を
繋いでいて、私たちはそこに…

ローズ:パフォーマンスをより重視している、
というのは機能性のことですか?

コールハース:違います。機能性は退屈です。
パフォーマンスとは建築が演じる役割であり、
建築が作り出す状況のことです。

ローズ:どんなものを作り出すのですか?

コールハース:創造を生み出す刺激です。

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04-08-12

トーマス・ルフ「JPEGシリーズと過去の重要な作品について」

“Thomas Ruff on JPEGS and Previous Key Series″に日本語字幕を付けました。

翻訳は辻憲行 (twitterID=nori_1999)
芸術係数(http://gjks.org)
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[字幕]
ある日ベッヒャーは私に言いました、
写真を使って制作を続けたいなら
メディアについて考え続けなければいけない、
そして、メディアについての考察は、作品に
反映されなければなりません、と。

その後私はデュッセルドルフ・アカデミーで
仕事を続け、
同僚や友人の肖像写真を撮り始めました。
私はそのシリーズを極めて客観的で、
即物的なスタイルで制作しようと考えていました。

私は100人の肖像写真を撮影しようと
考えていました。
異星人に人類がどんな姿をしているか
見せるために。

しかし観客は写真を指差しながら、
「あー、このピーターはよく撮れてるね」とか、
「あ、ハインツだね」とか、
そういう反応ばかりしていました。
だから私は彼らに向かって、
「違うんだ、これはピーターでも
ハインツでも、ピアでもなくて、
彼らを写した写真なんだ」と
言わなければなりませんでした。
私は、観客が写真というメディアの
存在を意識することなく、
写された現実の対象を直接見ていると
感じていることを知ったのです。
えー、正確にはそれに気づいたのは、
この作品によってではなくて…

私は一九八六年に、巨大な肖像写真の制作を
始めました。
当時はコダック社の巨大な印画紙が
入手可能で、
サイズは100X80cmでした。
それは非常に大きな効果がありました。
作品を見た観客の多くは、もはや
「これはピーターだ」とは言わず、
「これは巨大なピーターの写真だ」と
反応したのです。
観客はそこで初めて、自分が見ているのは
写真だと認識したのです。
思うに、写真の大きさによって、現代美術としての
写真は解放されたのです。
その大きさによって写真は物質としての
存在感を獲得し、
絵画では表現できない画像のクオリティを
生み出したのです。

私は、写真が現実を切り取るものだ、
という考えは、
必ずしも正しくないと思っています。
カメラは単なる機械にすぎず、
もちろんカメラは現実を記録しますが、
それはカメラを構える人間が選択した
現実なのです。

そして…
最も客観的に見える写真でさえ、
実は主観的なものなのです。
当時の私は、アートとしての写真に
飽き飽きしていて、
最も客観的な写真とはどのようなもの
だろうかと考えていました。

私はずっと、科学写真や医学写真に興味を
持っていたので、
最も客観的な写真とは、
天体写真ではないかと考えたのです。
なぜなら天体写真の場合、
作者としての私は、何も操作できない
のです。
星はあまりにも遠くにあるため、配置を
整えることはできません。
私には記録することしかできません。
さらにいえば、
写真家として専門的な技術を持ち、それを
活かす機材を持ってしても、
私にはこのような写真を撮影することは
できないのです。
地上の光や大気の汚れによって、
技術や機材はうまく機能せず、
クオリティの低い写真になるのです。
つまり…
天体写真によってはじめて、
私は作家性を放棄した、と言うことが
可能になったのです。
私はあきらめる他ないのです。
自分自身でこのような写真を撮ることは
できないのですから。

すでにご覧いただいたかと思いますが、
私はイメージ流通の構造に関心を持って
いまして、
JPEGというシリーズを制作し続けて
います。
シリーズのアイディアは、
インターネットから画像をDLしている
最中に生まれました。
私は…
ときおり、DLした画像の中に美しい、
細かなパターンを見つけました。
当初、私はそれがどうして生じるのか
わかりませんでしたが、
このパターンは画像圧縮のアルゴリズムに
よるものだったのです。
圧縮率はユーザーが指定することが
可能で、
圧縮によってこのパターンを作り出す
ことができるのです。
私がやることは、魅力的なイメージを見つけ、
イメージをファイルサイズ180kまで縮小し、
最後に最低画質まで圧縮して保存
することだけです。

シリーズの最初の作品には、
911の写真を使いました。
その日、私はここニューヨークに
滞在していました。
キャナル・ストリートを歩いている時、
WTCビルの倒壊を目の当たりにしました。
その時私は小型のカメラを持っていて、
それで撮影しました。
その後デュッセルドルフに帰って
フィルムを現像してみると、
何も写っていませんでした。
それが電池切れのためだったのか、
今になってもわかりません。
もしかするとエックス線の影響
だったのかもしれません。
それからネット上で911のイメージを
熱心に探しました。
そしてここにあるようなイメージを
数多く見つけました。
そして気づきました。
インターネットは膨大なイメージ流通の
供給源であるということに。
私が試みているのは、圧縮された画像を、
ネット上に流通するイメージの
再現/表象として提示することなのです。

作品は巨大なサイズでプリントされます。
その利点は…
この作品のもう一つのテーマは知覚で、
作品を10から15メートルくらい離れて眺めると、
普通の写真のように見えるけれど、
5メートルくらいまで近づいてみると、
8X8ピクセルのブロックノイズに
気づくのです。
それはイメージを絵画のように
見せます。
ピクセルの乱れを「絵画」と呼ぶのは
馬鹿げていると思われるでしょうけれど。

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04-08-12

芸術係数4月の勉強会のお知らせ:「What is a Photograph?」を読む

 
Margaret Iversen の「What is a Photograph?」を読む勉強会を開きます。

「What is a Photograph?」はロラン・バルトの「明るい部屋」を文学作品ととらえ、かつジャック・ラカンの「精神分析の四基本概念」の注釈として読解するという論文です。著者はエセックス大学教授のマーガレット・アイバーセン。ラカンやフロイトの精神分析の諸概念の入門にも良いと思います。

バルトの「明るい部屋」は副題(写真についての覚え書き)にもあるように写真論として書かれたものですが、その写真論は徹底して鑑賞者の立場からの考察であり、写真を見ることについての物語になっています。バルトはバルト自身が特定の写真に抱く欲望を出発点として写真の本質を読み解こうと試みており、アイバーセンはそのようなバルトの考察の道筋が、「精神分析の四基本概念」でのラカンによる、見る主体の構造分析を理解するのに役に立つと考えています。

「What is a Photograph?」は単にアートとしての写真についての論考ではなく、私たち鑑賞者が芸術作品をどのように見ているのか、について考える助けになると思います。

対象テキストはMargaret Iversen, Beyond Pleasure: Freud, Lacan, Barthes (Refiguring Modernism)に収められています。

勉強会では、このテキスト(英文でB514ページほど)を2回に分けて読み進めます。会の前半に私の訳文を読み進め、後半で内容を含めた訳の検討や質問の時間を設けるという構成で進行したいと思います。テキストや訳文は当日配布します。

参加申し込みは予約フォームからお願いします。

<参考図書>
ロラン・バルト「明るい部屋」

<関心があれば>
ジャック・ラカン「精神分析の四基本概念」
Rosalind Krauss, The Optical Unconscious

===
日時:2012年4月21日(土)13:30-
場所:千早地域文化創造館
参加費:学生 500円/一般 1,000円

郵便番号: 171-0044
住  所: 東京都豊島区千早2-35-12
電話番号: 03-3974-1335
アクセス:
地下鉄有楽町線・副都心線 千川駅下車 3番出口 徒歩約7分
国際興業バス「要町3丁目」バス停下車 徒歩約7分


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04-05-12

マイク・ケリー インタビュー2/4

“Mike Kelley / Interview 2 of 4″に日本語字幕を付けました。
翻訳は辻憲行 (twitterID=nori_1999)
芸術係数(http://gjks.org)
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[字幕]
音楽の教育を受けたことはない。

家族もあまり音楽に関心を持って
いなかったしね。

学校でも音楽の授業はなかった。

私はロックを聴いて育った。

自分が知っていたミュージシャンは皆、
独学で音楽を習得していた。

ノイズミュージックの演奏を
長いこと続けてきたけど、
今回のプロジェクトは全然違う。
今までの自分の音楽には全く似ていない。

この新作は、音楽の形式に則ったものに
なるんだ。
私はそういう音楽のこともわかっている。

というか、そういう音楽を
ねつ造することはできる。

どうやればどういう音が出るかはわかる。

だからメンバーと一緒に曲を演奏して、
その結果は予想できる。


ケリー:オーケストラのサンプル2を聞くんだな。

メンバー:ああ、それを流すから。

ケリー:わかった。

メンバー:じゃあ、いくよ。

コンピューターを使えば、一人で何でも
できる。
本物のオーケストラも必要ないし、
エディットもここで全部できる。
映画だって一人で作れる。

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04-03-12

リチャード・ローティ「幼少期を語る」

“Richard Rorty talks about his childhood″に日本語字幕を付けました。

翻訳は辻憲行 (twitterID=nori_1999)
芸術係数(http://gjks.org)
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[字幕]
インタビュアー:小学校ではどのような子供でしたか?

ローティ:学年が上がるにつれて人見知りが激しくなった。
いじめが怖くていつも怯えていた。
学校の活動には消極的だった。
とにかく学校から離れたかった。

インタビュアー:なぜですか?

ローティ:ただ、気まずさを感じて、仲間に入れなかった。

インタビュアー:何かきっかけが?

ローティ:わからない。
幼少期の非社交的ふるまいの記憶だよ。

インタビュアー:学校ではひとりぼっちでしたか?

ローティ:7、8歳になるまでの記憶はあまりはっきりしていない
子供の頃は転校を繰り返していた。
7つか8つの小学校に通ったよ。
どこに行っても友達ができるか不安だったし、実際できなかった。

インタビュアー:なぜでしょう、シャイだから?

ローティ:わからない。

インタビュアー:ずっとそうですか?
それとも子供の頃だけ?

ローティ:人付き合いはずっと苦手だよ。
子供の頃よりはずっとましにはなったが。
パーティはなるべく避けている。
世間話が苦手なんだ。

インタビュアー:シャイで、同級生との交流を避け続け、
7、8回も転校したということですが、
誰かがあなたに読書の楽しみを教えたのでしょうか?

ローティ:ええ。両親は私が4歳になった頃から
読書するよう私に言い聞かせた。
それ以来、人生のほとんどの時間を
読書に費やしてきたよ。

インタビュアー:あなたには外の世界よりも本の中が、
重要だった?

ローティ:ああ、ずっと重要だった。
現実の世界は本の世界ほど
すばらしいものではなかった。
美しい風景や自然、動物、鳥、草花など
いくつかの例外はあったけれど。

インタビュアー:本を読みながらどんなことを
思い描いていたのですか?

ローティ:権力、支配、全能感、
子供なら誰もが見るような幻想だよ。
自分は王の落し胤だとか、そういう
ことを空想していたよ。

インタビュアー:権力、支配…学校では望んでも手に
できなかったものですね?

ローティ:多分私は、知識の力で、いじめの
仕返しをしたかったんだろう
それが可能なのか、自分ではわかってなかったが。

インタビュアー:知識人になっていじめっ子を見返して
やろうと?

ローティ:いや、知的世界に生きることで、彼ら
との関係を断ち切ったんだよ。

インタビュアー:小学校を出てからも状況は
同じでしたか?
俗悪な日常を避け、本の中の空想の
世界に生き続けたのでしょうか?

ローティ:私は幸運なことに、
十五歳で大学に入ることができた。
それは特別な大学の特別なコースで、
誰もが本の話ばかりしていて、
私には理想の場所だった。
私は初めて物事を自分で掌握できる
感覚を持つことができた。

インタビュアー:幼年期から青年期に、自分は哲学者に
なるべきだと感じていましたか?

ローティ:哲学の世界に進んだのは偶然だった。
歴史や文芸批評を仕事にしていた
可能性もあった。
私がたまたま…
十六歳のときに一番熱心に通ったのが
哲学科の授業だった。
その後も哲学科に残り、次から次に
学位を取得したわけだ。

インタビュアー:なぜそこにそれほどの魅力を
感じたのですか?

ローティ:それは哲学的思考から得られる成熟と
支配の感覚だろう。
哲学書を読んでいると、
物事を秩序付け、理想的な状態に
整えているという感覚を抱く。
その感覚は、人の支配欲を
明確にしてくれる。

インタビュアー:シャイな自分への埋め合わせとして?

ローティ:ええ。

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