11-10-11

〔翻訳〕「コンセプチュアル・アートに関するセンテンス」ソル・ルウィット

一つ前のポストで紹介した「バルデッサリ、ルウィットを歌う」で歌われていたルウィットの「コンセプチュアル・アートに関するセンテンス」の日本語訳です。初出は1969年発行の”0-9 (New York)” 及び “Art-Language (England)”1969年5月号。このテキストは1973年発行の”in Six Years: The Dematerialization of the Art Object from 1966 to 1972″ルーシー・リッパード編、にも掲載されています。
原文はこちら

「コンセプチュアル・アートに関するセンテンス」
ソル・ルウィット

1. コンセプチュアル・アーティストは合理主義者というより神秘主義者だ。彼らが飛躍する結論には、論理では到達できない。
2. 合理的判断は、合理的判断を繰り返す。
3. 非合理的判断は、新しい経験をもたらす。
4. 形式主義の芸術は本質的に合理的だ。
5. 非理性的思考は、絶対的かつ論理的に跡づけることができる。
6. もしアーティストが制作途中に考えを変えたなら、作品は妥協の産物になり、過去の模倣となる。
7. アーティスト個人の意志は、着想から完成までのプロセスにおいて副次的なものである。彼の意図は単なるエゴでしかない。
8. 絵画や彫刻という言葉は、伝統の全体とその受容を意味しており、その言葉の使用は、伝統を乗り越える作品を渋々制作しようとするアーティストたちに制約を課すことになる。
9. コンセプトとアイディアは別ものだ。前者が全体的な方向性を定めるのに対し、後者はその構成要素なのだ。アイディアはコンセプトの手段である。
10. アイディアそれ自体で作品たり得る。アイディアは形へと発展するかもしれない一連の[思考の]流れの中にある。すべてのアイディアが物質化される必要はない。
11. アイディアは必ずしも論理的秩序に従って展開されるわけではない。それは思いもよらない方向に発展することもある。だがあるアイディアは、次のものが形成される前に、心の中で感性されなければならない。
12. 成立した作品のそれぞれには、形にならなかった多くのバリエーションが存在する。
13. 作品はアーティストの心から鑑賞者の心への導体である。しかしそれは鑑賞者に届かないかもしれないし、アーティストの心に留まるかもしれない。
14. アーティスト同士の言葉のやりとりが、アイディアの連鎖を生むことがある。彼らが同じコンセプトを共有しているなら。
15. 他の形式より本質的に優れた形式は存在しないのだから、アーティストは(文章でも語りでも)
言葉の表現からモノとしての表現にいたるまで、あらゆる形式を利用することができる。
16. 芸術のためのアイディアに基づいて言葉を使うならば、その言葉は芸術であって文学ではない。同様に数字が用いられた場合、それは数学ではない。
17. 芸術に関するすべてのアイディアはそれ自体芸術であり、芸術の伝統の枠内にある。
18. 人は過去の芸術を、現在の決まり事に当てはめて理解してしまう。そのため、過去の芸術を誤解することになる。
19. 芸術の決まり事は、個別の作品によって変えられる。
20. 良い作品は、私たちの感覚を変え、そうして決まり事に対する理解も変える。
21. 様々なアイディアを知ることが、新しいアイディアへと導く。
22. アーティストは自らの作品のイメージを持つことはできないし、作品が完成するまで、それを自覚することはできない。
23. あるアーティストが作品を誤解する(作者とは違った理解をする)ことがある。しかしその誤解が彼の思考の連鎖を触発することもある。
24. 認知とは主観的なものだ。
25. アーティストが、必ずしも自身の作品を理解している必要はないかもしれない。アーティストの見識は他の人々に比べて優れているわけでも劣っているわけでもない。
26. アーティストが、自分の作品より他人の作品をより良く理解することがある。
27. 作品のコンセプトには、素材や制作プロセスが含まれることもある。
28. アーティストの心に作品のアイディアが生まれた時点で作品の最終形態は決まるのであり、作品の制作は盲目的に遂行される。その際には、アーティストが気づかない多くの副産物が生み出される。それらは、新しい作品のアイディアとして活かされることもあるだろう。
29. 制作プロセスは機械的であって、みだりに操作するべきではない。それが進むに任せなければならない。
30. 芸術作品には数多くの要素が含まれるが、最も重要なのは最もあからさまな要素だ。
31. アーティストが素材を変えながら複数の作品に同じ形式を用いる場合、彼のコンセプトには素材が含まれていると考えられる。
32. 陳腐なアイディアを美しく仕上げることはできない。
33. 良いアイディアをだめな作品に仕上げるのは難しい。
34. 過剰な技術を身につけたアーティストの作品は、表層的なものになる。
35. 以上の文はアートについてのコメントであって、アートではない。

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