11-21-11

ミシェル・フーコー「規律社会について」part1のテキスト

動画はこちら:ミシェル・フーコー「規律社会について」part1
*動画の訳をかなり修正しています。

「私がこの著作で述べたかったことは、監獄の誕生から規律社会が始まった、ということではありません。その全く逆のことを述べようとしたのです。
その分野について研究していたとき、私は次のような問題に気づいたのです。
18世紀の社会改革について書かれた書物を読んでみれば、当時、すべての監獄システム対して、非常に強い抵抗があったことがわかるでしょう。
その理由はとても単純なもので、少なくともフランス、イタリア、ドイツ、そしてイギリスでは、監獄は刑罰ではなかったのです。それは行政上の手段と言えるものではなく、法制度の外部に存在する人々を、君主権力の執行として牢獄に送り、共同体から排除する目的で存在していたのです。
ですから、牢獄は、人民が求めるより良い刑法上の正義を実現する方法としては全く不適切なものだったのです。
18世紀の中頃には、監獄に対する批判は一般的なものになりました。そして18世紀末にはフランスやドイツなどで新しい刑法が施行され、あちこちに監獄が作られたのです。当時、投獄は刑罰主要な手段でした。
このような転換を生み出したのは何か、それがこの本の主題なのです。私はその理由を次のように考えます。
監獄が君主権力の恣意性の象徴であるにもかかわらず、投獄は刑罰としてだけでなく、囚人や収容者を矯正するために適切な手段であり、非常に良い道具になり得ると考えられたのです。そして人間の意識や態度、好みなどを変えることが可能であると気づかせたのが、規律訓練の技術だったのです。規律訓練の技術は、17世紀の中頃から学校や軍隊で用いられていたのです。人々は古代の牢獄をモデルにするのではなく、学校や軍隊をモデルに刑務所を作り出したのです。
つまり、刑罰制度は、他の諸制度において発展した規律訓練システムの表出、あるいは最終的帰結と見なすことができるのです。そしてよくあることに、ある制度における規律訓練技術の採用は、再び新たな制度領域での規律訓練技術の展開のモデルとなるのです。
この点において、ベンサムの「パノプティコン」は非常に興味深いものです。ベンサムは、理想的な監獄のためにパノプティコンを考案したのであり、よい監獄とは他の規律訓練制度と同様に、人々を矯正するものでした。そう考えると、パノプティコンは工場や学校にも応用可能というわけです。」

日本語訳:辻憲行

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