04-15-12

マース・カニンガム「制作のプロセス」

“Merce Cunninghams Working Process″に日本語字幕を付けました。
翻訳は辻憲行 (twitterID=nori_1999)
芸術係数(http://gjks.org)
元の動画はこちら

[字幕]
ナレーション:残念ながら、マース・カニンガムは
ダンスの定義を変えてしまいました。
最初のモダンダンスの振付家である彼は、
音楽や物語との調和を無視することにしたのです。
そして純粋に身体の動きを構成することを目指しました。

カニンガムの作品は多くのアーティストを魅了し、
何人もの伝説的なアーティストたちとの
コラボレーションが生まれました。
その中には、ロバート・ラウシェンバーグ、
ジャスパー・ジョーンズ、
ジョン・ケージ、そして
デヴィッド・テュードアが含まれています。
カニンガムのコラボレーションの
ユニークなところは、
参加するアーティストたちが別々に
自分の作品を作り上げる点にあります。
例えばダンサーは作曲家の作る音楽に
合わせて踊るのではなく、
音楽とダンスは無関係に、ただ同時に
上演されるのです。
それはあまりなじみのない手法です。

インタビュアー:そのような手法では、ダンサーが音楽を
邪魔してしまうことになりませんか?

マース・カニンガム:いいえ。
今、通りの音が遮られていますか?
ちゃんと聞こえていますね。
私もあなたも、思い通りのことを
していますが、音は聞こえ続けます。
通りの音は、私たちと無関係な状態にあります。
私は作品の中に、そのような状況を
作ろうとしているのです。
ダンスとは無関係に、音楽が作られます。
しかし、それは同時に上演され、同時に
存在するのです。

インタビュアー:どんな風にダンスを振り付けて
いくのですか?

カニンガム:私はまず、一つのステップ、一つの動作
から始めます。
そしてそのステップの意味を理解し、次の動きに移ります。
その後、二つの動きを組み合わせ試しに踊ってみます。
動きを忘れないために。
私たちは、何事も言葉によって語られ
なければならない、という考えに慣らされています。
しかし、私にとっては動きが言葉の代わりになります。

インタビュアー:あなたの作品を観るにはダンスの知識が
必要かしら?

カニンガム:そんなことはないと思いますよ。
むしろどんな作品が演じられるのか、
全く知らない方がいいですよ。
どんな知識が必要かなんてことは
気に病む必要がありません。
観客が知識を持っていて、観た作品が
知識に沿うものでなかったら、
私たちは良い作品など作ることは
できません。それは間違っています。
私はつねづね、人間についてこう
考えています。人の考え方は変わる、と。
私たちは変えることができるのです。
これまで知っていたのとは違う
ものに心を開くことができるのです。

私たちは日々同じことの繰り返しを
強いられています。
だから私は、可能な限り色々なやり方を
試みているのです。

ナレーション:カニングハムがルールに縛られるのを
嫌っているのは明らかです。
だから、彼は常に新しいことに挑戦し
続けているのです。
このTV番組のためのダンスのように。

カニンガム:それは冒険でした。
TVは全く縁遠い視覚メディアでした。
カメラの電源の入れ方すら知らないんだ。
舞台上に、気に入らないヤツがいたら、彼を退場させ
なければなりません。
しかしカメラの前だったら、カメラを
動かすだけでいいのです。
彼らは視界から消えてしまいますから。

私にとっては、言葉より動きを使って
語る方が簡単なのです。
私は何らかの動きについて、言葉の助けなく思考することが
できます。
私はそこに意味を読み取ることが
できるのです。
そして、意味を紡ぐ別の動きをそこに
付け加えることができるのです。
そうやって私は生きてきたのです。

             このエントリーをはてなブックマークに追加



 
クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
この blog は クリエイティブ・コモンズ 表示 - 非営利 2.1 日本 ライセンスの下に提供されています。