12-22-10

「オルターモダン(Altermodern)」についてのツイートをまとめて再掲します。

12月8日に@nori_1999でツイートしたニコラ・ブリオー企画「オルターモダン」のカタログテキスト+αについてのツイートをまとめてみますた。ホントはトゥギャりたいのですが、すでに消えてしまっていたのでorz、何かの役に立てばと思い、こちらに置いておきます。

「オルターモダン宣言」についてはこちら

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昨日一昨日と「関係性の美学」の著者ニコラ・ブリオーが昨年企画した「Altermodern」のテキストを読んでみたので自分のメモも兼ねてちょっとざっくり書いてみる。

AltermodernはPostmodernの終焉した状況を指している。テキスト中ではModernからPostmodernを経てAltermodernへの変遷を具体的な年を上げて説明している。

ブリオーはペータースローターダイクに従って、まず近代を爆発的なエネルギー消費の時代とし、その限界を1973年のオイルショックに定める。それ以降、天然資源の有限性が認識され、資源の再利用が求められるようになる。

その結果資本主義は日本的な工学的発展と、米国的な金融市場主義との大別すると二つの方向を選択した。

チャールズ・ジェンクスの「ポスト・モダニズムの建築言語」は1978年、リオタールの「ポストモダンの条件」は1979年であり、1973年のオイルショックの影響は無視できないだろうと

1970年代後半にポストモダンは始まった。それには二つの段階がある。第一段階は1989年までとされる。政治的にはベルリンの壁の崩壊が起きた年だが、ブリオーは展覧会の形式でも壁が崩された年だと指摘する。

同年ポンピドゥー・センターで開催されたMagiciens de la Terre大地の魔術師展は芸術の呪術的側面を強調するためにアフリカなどいわゆる第三世界のアートやアーティストを西洋の現代美術の文脈で初めて大々的に取り上げた。

これによってグローバリズムとマルティカルチュラリズムによって特徴づけられるポストモダンの第二期がはじまった、と。

ブリオーによれば、ポストモダンの終わりは2008年秋に訪れた。グローバル化した金融システムによって引き起こされた世界規模の金融恐慌、いわゆるリーマンショックがその契機である。

現在、我々は「オルターモダン」に直面している。オルターモダンは21世紀の、非‐西洋的な、はじめからグローバルなモダンで、単線的でない創発的な歴史/時間意識に基づいている、という。

そういえば、ブリオーはオルターモダン的な世界を象徴するコンセプトとしてアーキペラゴ(群島)を取り上げていました

ブリオーは、2004年のGNS(英語ではGPS)展では、衛星やネットなど通信技術の発達によって地球上のすべての場所が統一的なシステムの下で測位され比較交換可能になった時代をテーマにしたアートをフィーチャーしていました。

オルターモダンのアートの特徴は、1)美術史をツールとして用い、特定の様式をもたないこと、2)複数の時間/歴史を持つこと(観客によるシナリオの上演)、3)自律した物理的支持体や体験に先立つ意味内容に還元できないこと、という感じですかね。

このような特徴と出品作品の記述などを合わせて考えると、オルターモダンと「関係性の美学」は実際のところそんなに違わない感じがする。連続性があるというか。

二つのはっきりした違いは、オルターモダンには非‐西洋圏のアーティストが意図的に含まれていることですねー。

もともとTate Triennialはイギリス人作家を対象にした展覧会だったのだが、Altermodernで初めて、アフリカ、中東、アジア、オセアニア地域のアーティストを含むイギリス人以外の作家を取り上げたらしい。

ArtReviewのThe Power 100でブリオーの順位が急激に上がっている(2009年に68位で初登場、2010年は56位)ことを考えると、Tate Triennaleのセレクションはおそらくマーケットにも大きな影響を与えたのではないでしょうか

Altermodernに合わせて出版されたRadicantにはPalais de Tokyoでブリオーが手がけたPlaylist展やGNS展についての記述もあるようで、Altermodernのコンセプトについてもより詳細に述べられているようです

ブリオーの言っていることは本人が執拗に否定しているにもかかわらず、かなりリベラルだし、関係性の美学とシミュレーショニズムは時代的にも手法的にも重なるところが大きい。まあ読み手としてはそちら側にあえて誤読したほうが面白いのでそうさせていただく。

関係性の美学にはクーンズも取り上げられていたが、否定的な文脈だった。しかしブリオーが肯定的に捉えていたゴードン・マッタ・クラークがFOODでやろうとしたこととクーンズの試みは同じ線上にあると思っている。もちろんその先にはデュシャンのソシエテ・アノニムがあるわけだけど。

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